第9ターンSS 〜〜決戦〜〜

暗黒空間に無数の光が瞬く宇宙空間。
地上で見る夜空を遥かに凌ぐ力強い星々の輝きの中、一際大きく、青く輝く、我らが母なる星。
そんな光景を或いは見上げ、或いは見下ろしながら――

「ファイター達をここへ転送する“門”の準備はもうすぐ完了する」
「PROFESSORはスズハラビルに残ったFIGHTERのSUPPORTをするそうだぜ」
「そうか。遠慮は無用、という訳だな」
「本気でやるつもりなのね」
「コーホー」

人工衛星型光学兵器“母”の内部で、魚崎鶏一郎と四天王が作戦実行前最後となる語らいをしていた。
“母”に関する虚偽情報の流布や危険因子の除去等、関西を中心に裏工作を進めていた四天王も、
いよいよ作戦最終段階に入った現在、魚崎の元へと集っていた。

「……来たな、第一のファイター」

四天王と言葉を交わしながら眼前に広がる青い球体を眺めていた魚崎が、
徐に呟き、マスクの下の目を細めた。

「まだ“門”は開いていないはずだが……?」
「見ろ」

困惑する四天王に対し、魚崎は前を指差した。
四天王がそれにつられて魚崎の指し示す先、青い星を見やると――

一対の巨大な翼が、青い星を覆うかのように羽ばたいていた。

「冗談じゃねぇ……」

星を覆う巨大な翼の先から、サイバネティクスに身を包みしファイターが、怒れる紫電を巻き起こし、
単身、誰よりも先駆けて“母”へと辿りついた。

「数多のスパイ戦士達が戦ったという、SUPAIの聖地。
 希望崎学園が滅ぼされるのを見過ごす訳にはいかぬ!往くぞ!魚崎鶏一郎!」



魚崎鶏一郎 VS ex



暗黒空間と無数の星を背に、全身から電撃を発し、宙を飛ぶex。
魚崎が姿を現したのを見るや、大音声で自らの決意を叫んだ。

「貴様を倒して最強を証明する!!それこそ我が使命!!!」

魚崎もまた、相手を見上げているだけなどという男ではない。
不死鳥腿によって己もまた空中へと飛び上がり、exと対峙した。

「よくぞ自力でここまで辿りついたな!勇敢なるファイターよ!その度胸は確かに大したものだ!」

互いの挨拶が済んだコンマ0.1秒後、exは電撃を纏う神速の拳を繰り出していた。
技の威力を上げ、また己を攻撃した相手の身体を痺れさせ、自由を奪うexの電撃。
まさに攻防一体の一撃である。

「だが――果たして実力のほうはどうかな?」

しかし、その拳が魚崎に触れる直前、exの纏う電撃が不意に掻き消された。
魚崎の特殊能力、『十二衣の加護』である。
突き出した拳をそのまま掴まれ、exは魚崎の強烈な投げによって宙から“母”の外郭部へと叩きつけられた。

――ラスボスに状態異常は効かないッ!

しかしexもまた屈強のファイター。瞬時に体勢を立て直すと、再び魚崎の元へ、宙へと飛び立った。
たとえ電撃が効かずとも、己の拳を叩き込み、打ち倒せばよい!
最強の男を倒し、最強の称号を得て、晴れてSUPAIとなってみせよう!

再び空中で激突するふたつの影。
唸りを上げる拳と拳。
時に鋼鉄のように固められたexの拳が魚崎の鍛え上げられた肉体にめり込み、
時にexの反応速度を上回る速さで魚崎が神速のぶちかましを見舞い、
母なる青い星と“母”に挟まれ、宇宙空間に血飛沫と火花が飛び散った。



“門”が開き、魚崎を倒すべく複数のファイター達が“母”へと降り立った。

「ひゃっはー!魚崎の野郎は何処だー!」

いち早くファイターの群から飛び出し、気勢をあげたのは真野であった。
そんな真野の目の前へ、突如、上方からひとつの影が飛来してきた。

「うぉぉ!?」

凄まじい勢いで墜落してきたもの……それは満身創痍のexであった。
続いて、そのexに声を掛ける暇も無く、衝撃波が上方から降り注ぎ、立ち上がろうとしたexに止めを刺した。

「魚崎の野郎か!もう始まってやがったな!」

既に戦いが始まっていることを理解した真野が見上げたそこに――
輝く星と青い球体を背に負って、余裕を残して第一の挑戦者を退けた不死鳥が、暗黒空間を飛んでいた。



「奴は俺の獲物だぜ!お前らは手出しするなよー!」

鼻息荒く、戦場へと進み出るは真野八方。

「よく来たな、ファイター達よ」

上空から、力強く、真野の前へと降り立つは魚崎鶏一郎。

真野は打倒魚崎の志を同じくする7名の戦士達の視線を背に。
迎え撃つ魚崎は四天王の視線を背に。

「いくぜッ!」
「来いッ!」


魚崎鶏一郎 VS 真野八方


「ウオオオオオッ!!??」

戦闘開始とほぼ同時、魚崎目掛け飛び掛った真野の体は、宙を舞い、
後ろに立つファイター達の間へと突っ込んでいた。
初撃から全力の拳を放ちにいった真野を、魚崎が軽々と投げ飛ばしたのだ。

「畜生め!この程度でくたばる俺じゃねーぞ!」

しかし真野は気焔をあげ、すぐさま立ち上がった。
魚崎はあくまで冷静に、そんな真野を見返し、悠然と構えている。

「お前は怪我が酷いだろう!手助けするぞ!」
「うるせー!黙って見てろ!」

倒れた真野にファイター達から協力の声が掛かるも、真野は突っぱねる。
8ヶ月の死闘を潜ってきた真野である。強い言葉を吐いてはいるが、全身に怪我を負っている事も確か。
先ほど突き出した右腕もまた、骨は折れ、酷く痛む。
だが――真野は胸の奥から溢れ出る、内なる野生の力を感じていた。

「今度こそいくぜッ!」

真野は右拳を強く握り締めた。折れた骨が何だというのか。

「何度でも来るがいいッ!」

構える魚崎に向かい、全力で走り込む。

――追い詰められた鼠こそ、最も恐ろしいって事を……教えてやるぜッ!

真野が防御を捨て、全ての力を右腕に込め、魚崎へと突き出した。
魚崎はそれを受け止め、再び真野を投げ飛ばさんと、その腕を掴み取る。
しかし、先ほどとは違い、真野の拳は止まらなかった。

――これは!

魚崎はマスクの下の目を大きく見開いた。
放たれた右拳は『十二衣の加護』を突き破り、ガードを打ち破り、
深々と魚崎の胸へと叩き込まれた。



野生の力を解放し、窮鼠の如く、己の窮状を力と為した真野は凄まじい戦闘力を発揮した。
魚崎からの攻撃を確実に受け、既に四肢の骨は残らず折れている。
打撃によって目は霞み、鼻からは大量の血を流し、顔面を朱に染めている。
しかし、それでもなお、止まらず、驚異的な攻撃力でもって魚崎へと猛攻を続けた。

「……見事だ。よくぞここまで練り上げた」

真野の投げによって虚空へと投げ出された魚崎は、回転する視界の中、真野に向かい賞賛の言葉を呟いていた。



四天王の元まで投げ飛ばされた魚崎は既にかなりのダメージを負っていた。
手負いの獣とはかくも恐るべきものか。真野の折れた四肢から繰り出される攻撃は苛烈を極めていた。

魚崎からの、本来無視出来ようはずもない威力の殺人格闘術を喰らいながら、
それでも真野は止まることなく、己の命を燃やし尽くすかのように、燃え上がる炎のように攻めた。

その瞬間、真野は確かに、他の格闘家達を寄せ付けぬほどの力を発揮していた。
その力と、その技は、ある種の極地に辿り着いていたと言えるかもしれない。

だが、ただひとつ、そこに欠けていたものがあったとするならば――



「ヒャッハー!トドメだァーッ!」

投げを喰らい、未だダメージの抜けぬままに立ち上がった魚崎へと真野は飛び掛った。
しかし、真野の体は魚崎に届くことなく、押し止められた。

「おいおい、俺達を忘れてもらっちゃあ困るな」
「コーホー」

ドルジとexが、真野の進撃を阻んだのだ。
元々、この闘いは一対一の尋常な勝負ではない。
多くのファイター達と、それを迎え撃つ魚崎、9対1の闘いであった。
その場にいながら、自分達が心酔した存在、魚崎がやられるのを黙って見届ける……そんなことが出来る四天王ではなかった。
この時の四天王の行動は、魚崎が習得したアジラ・ノンの人心を動かす力のせいであったか、それとも果たして――

「離せてめぇらー!」

元々、この大会はギャラリーの妨害を禁じるルールなど無い。
無論、もしもこの時に他のファイター達が真野の助太刀に来たとして、誰も何も言いはしなかっただろう。
だが、その時、真野への助勢は無かった。

「行くZE!お壌!」
「んっ!!」

A’と後藤が、前後から同時に足刀を繰り出す。


「「レッグ・クロス・ボンバー!!」」


真野はその瞬間、己の過去の言動を思い出していた。
“母”へと共に乗り込んできた格闘家達に手出しするなと言い放ったこと、いや、それよりも前。
魚崎を前にして、最強の栄誉をその手に掴む寸前まで辿り着きながら、このような結末を迎える原因となった、全ての始まり――



――これもすべて割り込もうとしてきたポッポが悪いのだ!俺は悪くない!



咄嗟の事態に、己の味方となってくれる存在のいた魚崎と、
咄嗟の事態に、己の味方となってくれる存在のいなかった真野と、
真野に欠けていたものがあるとするならば、それは、目的を達するために協力してくれる味方を作るための――信頼、であっただろうか。



「シャーセー!お前の戦いがそよかぜ通りの宣伝となる!ウオオォォォー!行くぜェー!」

倒れ伏す真野の向こう、魚崎と飛騨はじめの拳がぶつかり合う。
己一人の力を頼み、戦い続けた真野は敗れた。
後を継ぐは、多くの人間の信頼をその背に負い、戦う男、飛騨はじめ。

“母”で行われる最終決戦――その終結は、近い。


――――――


「どちらへ行かれるんですか?えーっと、アテンタート・マスケさん」

不意に掛けられた言葉に、ゴスロリ服に身を包んだ少女は、仮面の下に隠された視線を声の主へと向けた。
そこにはペンとメモ帳を手に、にこにこと笑いかけてくる少女がひとりいた。
大会運営の日雇い少女。スズハラ機関の暗躍など知らされず、表立った業務を任されていた人物。

「実は私、つい先日になって死者の人工転校生化なんていう凄いことを大会運営がやっているって知りまして、
 アテンタートさんにちょっとお話を伺いたいなーと思っていまして……」

死亡した選手の人工転校生化などに関わってくることも無かったため、
仮面の少女と日雇い少女、言葉を交わすのは初めてのことであった。

日雇い少女が好奇心に突き動かされて、大会中に色々な国を飛び回っていたのは仮面の少女も知るところであった。
なるほど、人工転校生化などという響きを聞けば、興味を持つことも当然だろう。
だが、

「私は急いでいるので、インタビューなら後にしてください」

自分へ声を掛けてきた相手と、その理由は分かったが、今はそれよりも大事がある。
仮面の少女は一声返すと、すぐにその場を歩み去ろうとした。
しかし、その動きは日雇い少女の続く言葉で即座に止められる事となった。

「やはり希望崎と護身術部が気になっているんですね。ジークリンデさん」

ジークリンデと呼ばれた仮面の少女は、動きを止め――再び歩き出した。
振り返る事なく、言葉を返す。

「私の名はアテンタート・マスケ。人工転校生の話を聞いたなら知っているでしょう。
 ジークリンデ・ファタイディガーは死に、記憶も精神も失くしたのです」
「そうでしょうか?」

仮面の少女が背後へと発した言葉に、日雇い少女は疑問の声をあげた。

「転校生化しても誰も怪我させられなかったのに?あ、脳震盪は怪我に含みませんよ。
 それに今でもそうやって生前の事を気にして行動しているじゃないですか」

仮面の少女は黙って前へと進む。
しかし、日雇い少女の声は離れず、追ってきた。

「死んでしまって、人工転校生になって、友達を守るはずのナイフを他の用途に使う……
 それを承諾した自分に引け目を感じているんですか?
 でもそれは、それでも生き返りたかった、忘れたくなかった存在がいたからでしょう?」

歩調を速めても、声はついてきた。

「あなたの大切な存在は、それであなたを嫌いになると、そう思っているんですか?」

仮面の少女は歩みを止めた。
そして、再び、自分に声を掛けてくる相手へと向き直った。
何を言おうとしたのか、何と言葉を返そうとしたのか、自分でも分からず、ただ、振り返らずにはいられなかった。

そんな仮面の少女の、振り返った視界に、手に持った短刀で切り掛かってくる日雇い少女の姿が映った。

「ッ!?」

一瞬の交錯。
仮面の少女が刃を弾こうと閃かせた、スカートの中から取り出した隠しナイフは切り折られ、
日雇い少女の短刀は、仮面の少女の顔を半分覆う仮面を切り落としていた。

折れたナイフの刃先が、宙を舞い、傍らの地面へと突き刺さった。
真っ二つに切り裂かれた黒い仮面が、からりと、ふたりの少女の足元へ落ちた。

「私の攻撃よりもずっと速かったんですから、
 腹でも、胸でも、腕でも狙えば良かったのに、わざわざ武器破壊を狙って……、
 やっぱり、ジークリンデさんじゃないですか」

仮面の少女の素顔を見て、短刀を鞘に収めつつ、日雇い少女は笑った。
仮面を落とされた仮面の少女は、ジークリンデは、黙って目の前の少女の笑顔を見つめ――

「もう一度帰る事が出来るでしょうか……あの光の元に」

長い沈黙の後に、ぽつりと、言った。

向き合うふたりの間に、どこからか風に吹かれて、桜の花弁がひとつ、ふたつ、舞い落ちた。

「帰って見せてくださいよ。
 死者が自分を想ってくれる人を喜ばせる。そんな奇跡を見せてくださいよ」

舞う桜の中に立ち尽くすジークリンデに、少女は言った。


――――――


「何事にも揺るがず、己を貫くその意志。
 片腕を失おうと、戦いを止めぬその闘志。
 目的を忘れず、ひたすらにここまで歩み続けたその行動……。
 お前こそ“後”を任せるに相応しいファイターか……来いッ!!!」

ついにこの戦いに終止符を打つときが訪れた。最早、四天王の出る幕はない。
魚崎は四人を下がらせ、全ての覚悟を胸に、ファイターの前に立ちはだかった。


魚崎鶏一郎 VS 飛騨はじめ


思えば長く、厳しい戦いであった。
四肢は砕け、消失し、光は閉ざされ、心は磨耗し、命は散る。
格闘家達の聖地の裏で進行し続けていた、“母”を巡る戦い。

戦いの終止符は、ただ一度の拳の交し合いで打たれた。


――――――


「……という訳で、私の師匠が大丈夫と言っていたので、大丈夫ですよ」

空の上で格闘家達が鎬を削る最中、地上にて。
少女は、ジークリンデに“母”による希望崎学園攻撃の心配は無いと伝えていた。

「だから急いで希望崎に向かう必要は無いですけれど……
 でも、折角ですから、このまま行っちゃいましょう!」
「私に聞きたい事というのは?」
「ああ、それはもう済みました。
 死んでも友達を助けたいという思いは消えていなかったと、それが確認したかったので」

それと――と、少女は手に持っていた短刀を、ジークリンデへと差し出した。

「ナイフを折ってしまったお詫びと言ってはなんですが、これを受け取ってもらえませんか」

鞘に収められた、小振りの短刀――懐刀と言うべきだろうか――を渡され、ジークリンデは訝った。
朱塗りの艶やかな鞘に収められた刀。柄巻きも美しく、何よりジークリンデのナイフを切り落とした業物。
どうして――そう表情で問うジークリンデに、少女は、

「あなたにぴったりだと思ったからです」

そう答えた。

「人を傷つけるように刃物を使用したくないんでしょう?それでも、闘いたい理由があるんでしょう?
 死んでも……その気持ちに変わりはなかったんでしょう?それならばこの刀がぴったりです」

見てください――と、少女は足元に落ちている仮面を指し示した。
ジークリンデの顔を覆っていた黒い仮面は二つに割れ、無造作に転がり――
その断面から小さな木の枝が伸び、桜の花を咲かせていた。
風が吹き、花弁が一枚舞い上がり、ふたりの間をふわりと漂った。

「これは……」

魔人能力――目を見開いたジークリンデに、

「奇跡を起こす力が、この刀には篭められています」

少女は、何処か寂しそうに、笑いながら言った。

「死者と生者の友情を、転校生と魔人の親交を、果たせなかった思いを果たす、そんな奇跡を、どうか、あなたに」
「どうしてそんな気遣いを……?」
「私が見たいからですよ。きっと、見せて下さい」

少女の言葉を聞きながら、ジークリンデは刀の鞘を払い、白く煌く刃を見つめた。
鋭く、鏡の様に磨かれた刃には、己の顔が映っていた。
仮面を外したその顔は、かつてと、生前と同じものであった。
大切な友人達と並び、稀に笑い、稀に怒り、過ごしてきた顔であった。

「……母の愛刀です。銘は『ゆめおいもとむ』」

少女の言葉に、ジークリンデは刀から少女へと、視線を戻した。

「私の母の魔人能力が、そっくりなのに、私には受け継がれる事の無かった奇跡を起こす能力が、その刀には篭っています。
 ……どうか、奇跡を見せて下さい。
 仲良しな護身術部の皆さんの姿を見せて下さい。
 病に罹り、病院のベッドの上ならば永らえたかも知れない命を捨て、
 身篭るような事があれば、発作で失う命が増えるかもしれないと、子供を産む未来を捨て、恋する事を捨て……
 それでも、私が生まれる奇跡は起きました。
 どうかジークリンデさんにも、素敵な奇跡を。
 私と、母が知る……ジークリンデさんと、守口さんと……皆さん仲良しの姿をもう一度」

ジークリンデは刀を鞘に収め、

「わかりました。大切にします」

そう少女に答え、スカートの中へとしまった。
そして、姿勢を正すと、

「それでは私は急ぎますので、これで」

三度、希望崎学園へ向けて、歩き出した。

「どうか、良い結果を!期待しています!」

背中に掛けられる声は、もう追ってこない。
ジークリンデは、前を向き、希望崎学園を遠くに臨んだ。
守口衛子や、風木紀子や、そこで顔を会わせたい相手を、思い浮かべた。

仮面越しではない、久しぶりの景色は、春の色に彩られ、鮮やかであった。


――――――


魚崎の殺人格闘術と、飛騨の秘宗拳が交差する。

その刹那、魚崎は思った。
これまでの戦いの日々。
ファイターとしての高潔な意志。
スズハラ機関がファイター達の戦いを利用して動かす“母”。
そして、己が為すべき事。為さねばならぬ事。為すべく行動してきた事を――。


魚崎の拳が飛騨の顔面へと伸びる。


魚崎の拳を前に、刹那、飛騨もまた思った。
左腕切断しながらも戦いのコンディションを整えられる『蘇民堂』の特製止血薬の効果。
戦いを終えた帰り道に食べる、揚げ物の『カツマサ』。あの揚げたてコロッケの美味さ。
9ヶ月の戦いの最中、細々とした気配りの光る差し入れを届けたスーパー『クローバー』の品揃え。
そして、和菓子屋「ひだ」の未来。銘菓ばくだんもなかの新作。それら全てを宣伝する己の力『アド・ワールド』を――。


飛騨の拳が魚崎の顔面へと伸びる。


両者の思いを乗せた拳は唸りをあげて突き進み、
互いの信念を乗せた拳は何によっても止められる事無く、
格闘家達の聖地の裏で蠢いてきた、全ての陰謀を乗せ、
格闘家達の聖地の表で燃え続けた、全ての熱い闘志を乗せ――
決着のゴングを打ち鳴らした。


――見事だ。強きファイターよ。


交差した拳はカウンターとなり、互いの顔面を捉え――飛騨は倒れず――魚崎は、ついに、倒れた。



「ウオオォォォー!そよかぜ通りッ!商店街ッ!アド・ワールドッ!!!」

遥か空の上、宇宙という暗黒空間に浮かぶ“母”。
眼下に広がる青い球体に、くまなく届けと叫ぶ飛騨の宣伝力。
一瞬で終わった戦いであったが、その瞬間は確かに濃密な思いを孕み、
偏西風に乗り、青い球体に輝く緑の大地へと力強く、そよかぜ通りの名を轟かせていった。



第9ターン魚崎クエスト
ex VS 『マスケーラ13 NO.12』魚崎 鶏一郎   勝者、魚崎 鶏一郎
真野 八方 VS 『マスケーラ13 NO.12』魚崎 鶏一郎   勝者、魚崎 鶏一郎
飛騨はじめ VS 『マスケーラ13 NO.12』魚崎 鶏一郎   勝者、飛騨はじめ



――――――

――――

――



「どういうことだ……これは?」

希望崎学園への攻撃を阻止するべく、“母”の操作盤前へと立った飛騨は、思わずそう呟いた。
目の前のモニターに映る“母”の攻撃対象――それは希望崎学園ではなく、スズハラ本社ビルであった。

「私を倒すとは……見事だ……飛騨はじめ、だったな……」

倒れ伏したまま、魚崎が飛騨へ賞賛の言葉を贈り、そして真実を語った。

――事の発端は、スズハラ機関が作り上げた人工衛星型光学兵器“母”であった。
格闘家達が命を削り、己の全てをぶつけ合う、その戦いを原動力として起動する兵器。
遥か宇宙から、予測も、反応をする事も許さぬ光速での広範囲殲滅攻撃。
格闘家としての気高い誇りを持っていた魚崎にとって、この兵器は神聖なるファイター達の戦いを穢すものであった。
魚崎が“母”を破壊する意志を固め、そこから今回の作戦は動き出した。
“母”に乗り込める己の立場を利用して、“母”の自爆装置の起動を実行し、また、
このような兵器を製造したスズハラ本社ビルの破壊を実行しようと考えた。

「……だが、私は私をここまで育て上げてくれた機関に、忘れられぬ恩義を感じていた」

“母”の自爆装置は起動されず、スズハラ本社ビルへの攻撃も実行されなかった。

「……だからこそ……こうして作り上げたのだ。せめて“母”だけでも破壊する……名目を得られる状況を」

黒幕の一人を唆し、アテンタート・マスケを使って佐和村静穂を鍛えた事。
夢見ヶ崎さがみを動かし、複数のファイター達を鍛えた事。
四天王を動かし、スズハラ本社ビル内で会議に興じる黒幕達の目を西の饗宴へと向けさせ、作戦を水面下に隠した事。
鍛え上げたファイター達を“母”へと呼び寄せた事。
それらは全て、この時のため。

「“母”の現場責任者である私が敗れたのだ……機関の機密保持のため……現場判断により、私は“母”の自爆装置を起動する」

魚崎は全てを語り終えると、手の中に納めた自爆装置の起動スイッチを押した。
“母”の内部にアラートが鳴り響き、緊急事態を知らせるランプが目まぐるしく回り出した。

「他のファイター達は……四天王が担いで地上へ送り届けるだろう……」

赤く明滅する“母”の体内で、響くアラートの下、四天王達が其処ここに倒れるファイター達を担ぎ、転送装置へと運ぶ。
自爆までの残り時間をカウントダウンするアナウンスが流れ、ざわめく周囲――
その中で、転送装置へと向かう飛騨を、魚崎が引き止めた。

「飛騨はじめ……強きファイターよ……餞別だ。受け取ってくれ」

“母”がその体を暗黒空間へと爆発四散させるその直前、
魚崎と飛騨との間に交わされた最後の遣り取りは、他の誰の目にも止まる事はなかった。





世界格闘大会9ヶ月目。激動の1ヶ月であった。
主催者が不在となった大会だが、事前に全ての準備は為されており、最後の1ヶ月、問題なく続行となった。
地上へと帰ったファイター達は、長きに渡った大会の最後を、優勝の栄光を、最強の座を賭け、準備に余念がない。

飛騨もまた、そんなファイターの一人であった。

「これが……最後の宣伝だ!」

狙うは一番強そうな相手。
魚崎を倒して得た賞金を元に左腕を治療し、最後の戦いの場へと向かった。
――その手に、魚崎の残したマスクを持って。





格闘家達の聖地、ホーリーランド……その最後の戦いが幕を開けた。<終>