“母”の始動

「どんな苦境に陥ろうとも、己の使命を全うする責任感。お前を仲間にして良かった……」

魚崎鶏一郎の言葉に、後藤留美は閉じていた双眸を開いた。


――――――


最強にして最凶の転校生として、世界格闘大会参加選手から恐れられた後藤であったが、
大会開始から8ヶ月目、ついに試合に敗れ、本戦から姿を消す事になった。
魚崎から後藤に呼び出しが掛かったのは、そんな激しい試合が終わった直後であった。

そして魚崎は、大会の表舞台から降りた後藤に対し、“母”に関する一つの要望を出した。
後藤は、目を閉じ、静かに魚崎の話を聴いた。
強靭な格闘家達を相手に連戦を続け、いかに後藤といえども、その顔に疲労の色は濃い。
だが、話を聴き終えた後藤は、決して楽とは言えない魚崎の要望を受けた。

「苦労を掛けるな。……場所は……西だ」
「あんな荒れた所に行くなんて気が引けるけど……」

魚崎は後藤の了承を受け、要望の詳細な内容を語りだした。
魚崎に返事をしながら、後藤は思いを馳せた。――仲間達に。

A’は死んでも知らない内に何処かで復活する不死身の男だ。
その身に心配はない。心配こそないが、
今頃、気ままに何処かをぶらついているであろうあの男を呼び出すのも忍びない。

ewは生命の宿った石で作られた人工心臓を埋め込むことで復活を果たしたが、
つい先頃まで死んでいた身だ。
過酷な仕事を負わせ、折角、蘇ったところをまた死地に赴かせる訳にもいかない。

ドルジは連戦によって重症を負った身だ。安静にさせておかなければならない。
試合の後、重症のはずなのにサッカーに興じていた気もするが……
ともあれ、休養を邪魔するのもどうかと思う。

三人の仲間達――転校生四天王と呼ばれた者達の今と、これからを思い、
後藤は、あえて何も言わず、一人でこの任務にあたる決意を固めたのであった。


――――――


「以上だ。問題は無さそうか?」

魚崎が説明を終え、後藤は頷いた。
後藤がこれから行う任務は“母”に関する、危険を伴った重大任務。
だが後藤は、臆することなく、力強く頷いて見せた。
それを、後藤の決意を見た魚崎もまた、頷いた。

「どんな苦境に陥ろうとも、己の使命を全うする責任感。お前を仲間にして良かった……」

魚崎の言葉に、後藤は閉じていた双眸を開き、言い放った。

「私しかいないんでしょ?仕方ないから……やってあげるわ!」

仲間のため、後藤は一人、決意を胸に旅立とうとした。
しかし、その時、

「私もいるわ」

そんな後藤に声を掛けた存在がいた。

「PROFESSOR!」

声を掛けてきた相手を振り返り、後藤は声をあげた。
そこにいたのは、もう一人の転校生、“PROFESSOR”夢見ヶ崎さがみであった。
後藤と夢見ヶ崎の視線が交わり、
言葉を発せずとも後藤には夢見ヶ崎の言わんとする事が伝わった。
短い時間だろうと共に闘った仲間を放っておく事など出来はしない、と。

後藤は感謝の言葉か、照れ隠しの言葉か、
何かを言おうと夢見ヶ崎の元へ歩み寄ろうとした。
だが、それを遮った者達がいた。
後藤にとって、予想だにしない、者達が。

「お前だけに、GOODなPOSEをさせるかよ」
「A’……」
「転校生は、おまえだけじゃないんだぜ」
「コーホー」
「みんな……」

後藤の前に現れた者達、それは、後藤がその身を案じていた仲間達であった。
互いの事を思うのは、それこそお互い様であったのだ。
後藤は思わず、目頭を押さえ――大きく鼻声をあげた。

「べ、別にあんた達が来てくれたって嬉しくなんかないんだからね!」


――――――


皆で手を取り合い、言葉を掛け合い、励まし合って、任務へと赴く転校生達。
その様子を見ながら、魚崎はマスクの下の表情をどの様に変えたものであったか。

「これが転校生の友情パワー……か」

満足そうに呟き、後藤達の任務の成功を確信しながら、その場を後にした。