ホーリーランド3ステマ応援SS 〜〜一 一の受難〜〜

禍福は糾える縄の如し、と言う。或は、人間万事塞翁が馬、とも。
人間、日々を暮らす中で巡り合う出来事は幸も不幸も表裏一体。
上手く事が運んでいると思ったら、次の瞬間には転落が始まる。そんな事がままある。

世界格闘大会に参加していた一 四一(にのまえ よい)についてもそうだ。
堅実な下地に堅実な技、そして堅実な戦術によって大会後半まで負け知らず。
大会優勝候補の中で一人怪我も無く、いざこれからという時に突然訪れた敗北。そして死。

災禍は不意にやってくる。当人の意志など一顧だにせず。
一 一(にのまえ はじめ)はそんな単純で、簡単な事実を改めて思い知らされていた。
目の前、黒く湿る地面に敷かれた寝袋と、己に視線を向ける少女の顔を交互に見比べて。

時は世界格闘大会に世間が賑わうAD2015年。
場所は希望崎学園の地下に広がる迷宮の中。
一はひとり、頭を抱えて思わざるを得なかった。どうしてこうなった――と。


――――――


きっかけはほんの些細な、そしていつも通りの出来事であった。
希望崎学園の同級生である埴井 葦菜(はにい あしな)が一を迷宮探索に誘ったのだ。
曰く、探索はアタッカー二人に壁一人が最適である。
曰く、いつも壁役の虚居 まほろ(うつろい まほろ)の都合が悪い。
曰く、あんたは頑丈だから特別にあたしを守る役目を担わせてやってもよい。云々。
相変わらず拒否権の無い一方的な誘い――命令とも言う――を押し付けられ、
一はスケジュールに迷宮探索の一文を付け加えることを余儀なくされた。それが数日前の出来事である。

ところが迷宮探索の前日、葦菜の都合が悪くなったとの連絡が入った。
曰く、命短し恋せよ乙女。云々。
聞き返す間も与えず、何処か海外へと飛び立ってしまったのである。
取り残された一はぽつねんとたたずむよりほかなかった。
ただ、いつまでもそうやっているわけにもいかない。葦菜が気になることを言っていたのだ。
葦菜が残した言葉は大きくふたつ。
この埋め合わせは後で必ずする――これはかなりの意訳力が必要だった――ということ、
それと、一緒に探索する予定だったもう一人――葦菜と同じく、一の同級生の少女――は、放っておいても単独で探索するだろうから気にするな、ということ。
前者も気になるが、当面は後者の内容が重要である。
――危険な迷宮に一人で探索に行くという友人が居るが放っておいてもよい――
もちろん、そんな事を言われて放っておける性格の一ではなかった。

そして迷宮探索の当日。
爽やかな青空の下、希望崎学園のグラウンドの一角にて。

「お心遣いありがとうございます!それじゃあしゅっぱーつ!」

一へ感謝の言葉を述べると、びしりと地下への入口を指差し、元気よく歩き始める少女と、

「危なくなったらすぐに引き返そうね」

そんな少女の背中に、少し不安げに一声掛けつつ、続く一の姿があった。
一が不安になるのも訳がある。
一の視界にポニーテールをゆらゆらと揺らしながら前を行くこの少女は、常に全速前進、危ない処へ平気で突っ込む行動派なのだ。
それはこの危険を伴う迷宮へ一人でも進攻を開始しようとしていたところからも分かる通り。
葦菜と共に探索する予定だったもう一人の迷宮探索メンバー、夢迫 中(ゆめさこ かなめ)。
夢迫と二人で迷宮に入るということは、例えるなら反応特化選手が聴覚喪失を治療せずに闘いに臨むようなもの。はっきり言って危険である。
しかし、一はそんな不安を抱きつつも、がくりと落としていた両肩を上げ、丸まっていた背を伸ばし、果敢に二本の足を前へと運び、夢迫と歩を併せた。
なぜならば、一にはそんな不安に負けないだけの、大きな決意があったからである。

――男の子なら、女の子のことをちゃんと守らなきゃ!

こうして、不安と決意を胸に、一は夢迫と二人並び立ち、危険と謎と秘宝の眠る地下迷宮へとその足を踏み入れたのであった。


――――――


異形の怪物がヘッドライトの影から飛び出し、暗い洞窟内に低く反響する唸り声と凶悪なその爪を繰り出す。
己の胴体よりも太い、毛に覆われたその腕を、華奢な一の腕が遮る。
爪を受けぬよう、怪物の手首に腕を押し当て、一は満身の力を込めて相手を押し返そうとする。
怪物の攻撃に耐え、踏みしめる一の足が湿った洞窟内の地面に二本の轍を作り、
ライトの小さな光の輪の中、一の白い腕と、怪物の黒い腕とが二色の十字を描く。

一の細い首筋に、汗が一筋流れ落ちた。

拮抗した力比べに業を煮やしたか、怪物は大きな唸り声をあげると、その口で獲物の頭を齧りとるべく、
不揃いの犬歯を剥き出し、上体を折り曲げ、一の体へと覆いかぶさろうと巨体を揺すった。
身を沈めて牙をかわした一。背負っていたバックパックが牙にかかりズタズタに引き裂かれる。
刹那、重心の浮いた怪物の体を、懐に潜り込む形となった一の腕が思い切り押し出し、その体勢を大きく崩した。
力の送り先を失い、中空へ二度、三度と爪を虚しく打ち振るい、たたらを踏む怪物。
次の瞬間、怪物の顔面を、一の後ろから隙を窺っていた夢迫の跳び蹴りが弾き飛ばしていた。


――――――


そんな風に、格好良く決まったまま終わってくれれば良かったんだけど……と、一は思わずにいられない。
迷宮探索を始めてしばらくは順調なものであった。
一が襲い来る怪物の攻撃を防ぎ、夢迫が薙ぎ倒す。
見つけた宝箱からは綺麗な装飾品を手に入れるなど、十分な戦果もあげられた。
例えるならば、転校生戦に見事勝利したようなものである。
後は地上に帰ればそれで良し。それで良かったのだが。

「マッピングしていた道と……違うみたいだね」
「気付かずにワープゾーンを踏んじゃったみたいだねー」

迷宮探索のお約束、遭難と相成りました、という訳である。
これも例えるならば、転校生戦勝利後の連戦で、イップスを負うようなものである。

「取り敢えず、見たことのある場所までどうにか戻らないと」
「面白いものはあるかなー」

不安を抑え、何とか冷静に周囲を観察する一。
新しい道を発見したー、とうきうき進む夢迫。
ライトの光をあちらこちらへと巡らせながら、ふたつの足音が狭く湿った洞窟の空気を振るわせた。
好対照の二人組。依然、絶賛、遭難中。


――――――


そうして話は冒頭に戻る。
今、一の目の前には寝袋がひとつだけ敷かれている。

地上に戻る道が見つからず、歩き続けること半日以上は経ったであろうか。
迷宮探索で日を跨ぐことは多々ある。今回も迷ったものは仕方ないと、
ひとまず休息をとることにしたのだが、そこで思わぬ問題が発生した。

「僕の寝袋……」
「あ」

迷宮に蠢く怪物達との戦闘中に、一の荷物は過酷な攻撃に晒され続け、気付けば襤褸布と化していたのだ。
パーティーメンバーは二人。寝袋はひとつ。
一が紳士的に、僕はそのまま地面で寝るから中ちゃんが寝袋で寝てよと言い、万事解決――事はそう単純ではない。
もちろん一は先のような提案をし、また実行する気でいたのだが、それを夢迫が押し止めた。

「床で寝たら体力は50%しか回復しないし、コンディションも良くならないよ!」

そう、寝具を使わずに寝るということは、十分な体力回復が見込めないのである。
例えるならば、怪我の治療をせずに行動提出を行うようなものだ。
二人で迷宮探索をしている以上、互いのコンディションは互いの命に直結する。
つまり、真に紳士的態度、騎士道精神を発揮するというならば、この場面。
相手の命を守るためにも、採るべき選択肢はただひとつ。寝袋の数と同じく、ひとつ。

「一君なら小柄だから、一緒に入れそうだよね」
「結局……それしかないんだよね……」

閉塞した空間に男女二人。吐息が掛かり、肩と肩が触れあい、足と足が絡むような密着状態。
上等の羽毛が詰まった柔らかく軽い寝袋と、柔らかな少女の体に軽く鼻先を流れる長髪。
己の持つ魔人能力の関係で、同年代で比べるなら他を遥かに凌ぐほどにそういった女子との触れ合いの多い一であるが、
それでもそこは思春期の男子。やはりこんな事態に陥り、そんな場面を想像すると緊張するものである。

「はい!それじゃあ……どうぞ」

寝袋の肩口を半分ほど開き、その中に半身を滑り込ませた夢迫が、上体だけを起こした姿勢で寝袋の口を広げ、一を中へと誘う。
夢迫はこの程度の事態は平気なのかと、一は驚き半分、呆れ半分で自分を誘うその顔をよく見れば、微妙に頬が赤く、視線も泳いでいる。
なんだかんだで恥ずかしいらしい。命には代えられないと覚悟が決まっているだけなのだ。
相手も恥ずかしがっていると知っては、なおさら己も恥ずかしくなる。
一は自分を包み込むべく開かれた寝袋の口と、そこに添えられた夢迫の白い手と、自分を見つめる夢迫の朱が差した顔を見比べ、
もじもじと体を揺らし、頭に手を当て嘆息した。どうしてこうなった――と。

「えっと……僕……」

一は現実逃避気味に再度思考を巡らせる。本当にどうしてこうなった。
葦菜の強引な誘いを受けて、葦菜は都合が悪くなって、夢迫と二人で迷宮に入って。
夢迫とひとつの寝袋で寝たなんて事を知ったら葦菜はどんな反応を示すだろうか。蜂に追い回される程度では済まないかもしれない。
いや、よく考えれば問題は葦菜だけではない。夢迫にも過保護気味の鷹や付喪神といった友達がいるのだ。
あの鷹にこんな事が知られたら、全身を突き回される程度では済まないかもしれない。
付喪神の方も、それこそ何を考えているのかよく分からない。常に夢迫の身辺を護っているというが、同衾したなどと知れれば……。
そんな自分が辿るであろう未来に思考を飛ばしていた一であったが、ここで違和感に気付いた。

「……あれ?」
「どうしたの?」

不思議そうな声を漏らした一に、夢迫が小首を傾げた。おろした黒髪が柔らかい曲線を描く肩をさらりと撫でる。

「中ちゃんって、たしかいつでも家に帰れるようにお友達の付喪神を身に着けているんだよね?」
「そうだよ。はい、これ社(やしろ)」

一の疑問に、寝袋の中に手を突っ込んだかと思うと、小さな飾りを差し出して、夢迫は答えた。
肌身離さず持ち歩いているという、付喪神、社の一部である。
これを使えば、いつでもどこでも、社の本体であり、夢迫の家である屋敷に瞬間移動出来るというものだ。
それがあるということは、つまり。

「今回の探索で収穫はあったんだし、今は道に迷っているんだし、その、社さんの能力で家に帰っちゃえばいいんじゃないの?」

一の提案。そしてしばしの沈黙。やがて動いた夢迫の第一声は――

「……おお!」

全くの慮外であったらしい。
元々回避と弱攻撃で攻める戦闘スタイルであった選手が、防御の成長により、ガードからの神速攻撃カウンターを主体とした戦法に切り替えた方が強くなっていた。
そんな場合でも、選手自身は誰かから指摘されなければその事実に気付けない。そういった事も、ままある。


――――――


自分から途中で帰るとか普段していなくってーなどという夢迫の弁を一通り聞き終えた後。
一は今、夢迫に抱きしめられた状態で、二人、洞窟の暗闇にたたずんでいる。
どきどきと胸に伝わるこの鼓動は果たして自分のものか、夢迫のものか。一の頬は赤い。

「それじゃあしっかりと!離さないでね!今から転送してもらうよ!」
「う、うん……」

おずおずと夢迫の背中に手を回し、一はしっかりと相手にしがみつく。
やっぱり女の子の体は柔らかいな――そんな感想が頭を過ぎった瞬間、一と夢迫の体は漆黒の空間へと放り出されていた。

「すぐ着くから!」
「えっ!?えっ!?」

夢迫の声を耳に受けながら、一は混乱の声をあげるしかなかった。
突如の浮遊感。目の前を泳ぐ夢迫の黒髪。
社の転送能力によって、どうやら自分達はよく分からない空間を落下しているらしい。一に理解できたのはそれだけである。

上下左右の別も無い、果ての見えない真っ暗な空間の先に、幽かに星々の瞬きが窺えた気がする。


――――――


こうして、一 一と夢迫 中の二人は無事にその日の迷宮探索を終え、それぞれの寝床へと帰ることが出来た。

沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり、と言う。或は、禍は福の倚る所、福は禍の伏す所、とも。
人間、生きていればどの様な事態に巡り合い、どの様な顛末を迎えるものか分からない。
絶望の只中に居ようとも、次の瞬間、栄光の玉座にその身を預けているかもしれないのだ。

世界格闘大会に参加する、全ての選手にとってもそうだ。
今、借金が嵩み、ランキング下位をただただ走り続けている選手がいるかもしれない。
しかし、優勝は最早出来ないなどと、早々に諦めてはならない。
そんな選手は今一度、ファイトスタイルを見直してみるのはどうであろうか。
慣れに目がくらみ、見落としている成功要素がそこに輝いているかもしれない。
そんな選手は今一度、一発逆転を狙ってみてはいかがだろうか。

窮地にありながら、咄嗟の機転で、己の暗雲立ち込める未来に光明の一筋を差し込んだ、一一の様に。


――――――


ぼふりと柔らかく体を受け止める衝撃。一が顔を上げれば、そこは既に夢迫の屋敷であった。

「はい、到着ー……しましたよ」

体の下から声が聞こえ、一が上げた顔を下ろしてみれば、自分が今、布団の中で、夢迫の上に圧し掛かるような姿勢でいることに気付いた。

「うわっ!?ご、ごめんなさ……あうっ!?」

慌てて夢迫の上から体を退けようとした一だが、ここでいつものToLOVEるが発生。
折り重なった敷布団と掛け布団に足をとられ、ものの見事に夢迫の胸に顔面ダイブした。

「ひゃあっ!」
「もごごっ!……ぷはっ!ご、ごめんなさい!」

更に慌てて顔をあげ、一は肌着を身にまとうだけの無防備な姿を晒す夢迫に頭を下げ、
肌着だけ?と、疑問が頭を過ぎる。

「服は浴衣がありますからー……えと、そっちに……むこう向いてますんで……」

続いて、真っ赤な顔でそっぽを向きながら壁際の箪笥を指差す夢迫を見て、
どうしてそんな反応を?と、頭上にハテナマークを浮かべ、

「服って……?」

最後に、自分の姿を見下ろしてみた。

「えっ!?な、なんで僕、裸なの!?」

そして、自分が全裸である事に気付き、愕然とした。

社の持つ転送能力は、一度に運べる物の分量に限界がある。
そのため、なるべく負担を減らすため、所持品や衣服は大部分、その場に捨て置いて、人だけを転送するのだ。
これは古から伝わる迷宮脱出魔法、ロクトフェイトから連綿と続くお約束であるが、それはさておき。


「かなめちゃーん?」


混沌とした状況に、その時、高く可愛らしい声が差し挟まれた。
夢迫の親友であり、ひとつ屋根の下に暮らす、人語を喋る鷹、オウワシが襖を開けて首を覗かせたのだ。

「今日は学校の地下に行くって……言って……なかっ……た……」

部屋の中を見て、オウワシの言葉は尻すぼみに消えていく。
夜も更けた時刻、留守のはずの親友の部屋から悲鳴のような声が聞こえ、何事かと様子を窺いに来た。
襖を開けて、部屋の中を覗いてみれば、目に飛び込んできた光景、それは……
乱れた布団の上で、あられもない姿で、上気させた顔を背けている親友の姿と、
その上に覆いかぶさっている、一人の男の姿であった。全裸で。

「あっ!?オウワシさん!?これは!違うんです!」
「オウワシ?……えっと……(一君が着替えるのを)助けて(あげて)」
「ちょっ!?中ちゃん!?」
「………………」


浮世の苦楽は壁一重、と言う。或は、苦楽は相伴う、とも。
人間、日々を暮らす中で巡り合う出来事は苦も楽も紙一重。
全てが終わったと思っても、そこに思わぬ続きがあるもの。

世界格闘大会に参加していた一 四一についてもそうだ。
大会優勝候補の中で一人怪我も無く、いざこれからという時に突然訪れた死。
だが、その先にまだ、紡がれる物語が残っているかもしれない。

今回の冒険を終えた一 一についてもそうだ。
社の配慮により、服は残されずとも、その手には迷宮で手に入れた綺麗な装飾品、蜂を象った小物が残されていた。
葦菜がよく持ち歩いているキャリーバックに似合うかもしれない。

幸いもまた、不意に訪れる。当人の意識の外からもだ。
一 一は気付くであろうか。自分が、葦菜に与える影響というものに。
もしかしたら、気付くかもしれない。
このアクセサリーを、葦菜にプレゼントする、その時に。
プレゼントする、その時まで、生き延びれたならば。

「キーーーーーーーッ!!!」
「うわあぁぁぁぁぁッ!!!」

時は世界格闘大会に世間が賑わうAD2015年。
場所は夢迫 中の住む屋敷の中。
一はひとり、頭を抱えて思わざるを得なかった。どうしてこうなった――と。


<終>