ホリラン3応援 〜〜パワーアップイベント 埴井きらら〜〜

少し上向けた視界一杯に広がる厳しい門扉。
半年前まではよく潜り抜けていたはずのこの門を、今はなんとも通りづらい。

「ふわー。おっきなおうちー」

右手下方から響く暢気な声が、どこか陰鬱な気分を助長させる、ような気もする。
しかし、もうここまで来てしまったのだ。大事な用があるのは確かなこと。
いつまでもうじうじしてなんていられない。そんなのはあたしの性分じゃないのだから。

「ねー?はいらないの?」
「いま入ろうと思っていたところよ。あんまり騒ぐんじゃないわよ」
「はーい」

埴井葦菜は自分の右脇にちょこんとついてきている埴井きららへと視線をやると、
よしっと気合をひとつ。目の前にある巨大で古風な木製の門扉を――

「それじゃあ行きますよー。ただいま帰りましたー!」

自分の左脇を抜け、元気な挨拶と共に門の中へと入っていく、少女の背中に続いて、潜り、屋敷へと入った。
少女――世界格闘大会運営の日雇い少女――が師と仰ぐ人物であり、今回のパワーアップイベントの協力者、夢見ヶ崎さがみの屋敷へと。



「あー!離れに上がるのも久しぶりー!」

少女は屋敷の離れに上がるや、歓声と共に思い切り伸びをした。
そして、うーん、という嬉しさを滲ませた声を出しつつ、そのまま棒倒しの棒のように床へと倒れこむ。
ゴツンという鈍い音、続けて痛ったぁーい!という悲鳴。思い切り打ち付けた後頭部を押さえ、床の上で涙目になる少女。

「なにやってるのよ……」

一連の流れるような馬鹿馬鹿しい行為を間近で目撃させられ、葦菜は思わず打ってもいない頭を抱える。
ついいつもの癖でーなどと、頭をさすりながら言葉を返してくる少女を見ては、ため息をつくしかない。
どうしてあたしの周りにはきららといいこいつといい、落ち着きがなくて目の離せないような奴が多いのよ。
きららは門を潜り、屋敷の庭に入るや否や、美味しそうな匂いがすると言って静止も聞かずに母屋の方へ駆けていったままである。
こいつはこいつで、ジャストタイミングで布団を敷いてくれてもーとか、何処ともなしに視線を送りながら、
木張りの床に頬をぺったりとつけて涙目ながらにぶつぶつ呟き、指でのの字を書いている。
まったく酷い光景もあったものだ。
本当に――

「どうしてあたしの周りにはこんな奴らばっかりなのよ……」

思っていたことがため息と共に声に出てしまう。
床にへたばっている少女の姿を見ていて、鼻の奥がツンと痛み、かすかに視界が滲む。
苦労させられるこっちの身にもなりなさいよ。泣けてきちゃうじゃないの。
相棒の蜂達が聞いたらそれこそ泣き出しそうなことを考えつつ、

「ほら、いつまでもそんなことしてないで」

葦菜は少女に手を差し伸べ、立ち上がらせた。



夕食をご馳走になり、囲炉裏を囲んでの食後のひととき。
ぱちりと爆ぜる薪の音や木の焼ける香り、暖かく揺らぐ室内の灯りと陰。
たまにはこういうのもいいわよね、と葦菜は思う。
きららはすでにおねむの時間となったか、囲炉裏から少し離れた場所で掛けられた布団にくるまって寝息をたてている。

「大人しくしてれば可愛いもんなのに」

きららのあどけない寝顔に、つい、そう零してしまう。
この屋敷を訪れた理由であり、頼みごとをするべき相手であるさがみが、その声を聞いて優しげな視線をきららの寝姿へ向ける。

「昼は、きららが迷惑を掛けて……」
「元気な子の面倒を見るのには慣れているから大丈夫。むしろこちらが元気を分けてもらったわ」

さがみの優しげな表情を見て、何故かちくりと心が痛む。
一通りの世間話もしてしまった。
もう、話すことは当初の目的しか残っていない。
もう一度、ちらりときららの寝顔を眺める。熟睡しているようだ。
改めて、囲炉裏をはさんだ向かい側、オレンジ色に染まるさがみの顔を見る。
これで、ゆったりとした食後のひとときもお仕舞い。
じゃあ、なんと言って切り出せばいいか……

「今日は、何か理由があって訪ねてきてくれたんでしょう?」

悩む葦菜の心を汲んでか、さがみから、そんな言葉が投げかけられた。
顔をあげ、うなづくしかない葦菜を見て、さがみは土間でお茶を淹れている少女に、
ちょっと散歩に行ってくるからきららさんのことをお願いねと一声掛けると、

「それじゃあ、行きましょうか」

月明かりに白く切り抜かれた庭へと、足を向けた。
その心遣いがありがたくて、また少し泣きそうになった。


***


月の青白い光に満たされ、庭石の白と木々の陰が黒々と冴えている。
穏やかな空気の流れる夜。
夜空を見上げるさがみの横顔が、白く、映える。
他に遠慮する相手もいない状況。葦菜はさがみの顔を見据える。
いつまでも庭を眺めていたって仕方ない。大事な用があって来たのだから。

「実は、お願いがあって」
「伺いましょう」

例えそれが、相手に辛い思いをさせかねないとしても。

「さがみさんは、死んだ人の魂を扱う技術に詳しいわよ……ですよね」

死者のパワーが溢れ出し、格闘家達の力を強化させているという現在の世界格闘大会。
何をしなくとも勝手に各選手達の力は強化されているようだが、それでは望んだ能力を伸ばすことができない。
しかし、死者の魂を操る技術を持った人物ならば、その無軌道なパワーを望むように利用することができる。
今回のパワーアップイベントで、さがみが能力強化の手助けをしていると聞き、
また、風の噂では手助けをしたどの選手にも直接なにかトレーニングを行った訳ではないと聞き、
葦菜はそこに、単純な技術指導や肉体鍛錬ではない、死者を操る技を応用していると確信していた。

「きららの体力を、伸ばしてもらえない……ませんか」

その技術を扱う際、さがみはどのようなことを思っているのか。
葦菜は不安げな表情を見せる。このようなことを頼んでよかったのか。
けれど、無茶を続けるきららを間近で見続けるのは心配でならないのだ。
直接助けられるようなことがなくとも、何かしてやりたいのだ。
生き急ぐようなきららを、せめて、陰から支えてやりたいのだ。
葦菜がさがみを訪ねた理由。それは、無茶をするきららの無事を保つためであった。

「ええ。いいわ。あなたの心配はよく分かるしね」

そんな葦菜に、さがみは微笑み返した。
葦菜と同じように、元気で、無茶ばかりする、妹のような存在が居たさがみには、その気持ちが伝わったに違いない。
感謝の言葉を返す葦菜に、それじゃあこっそりやっておきましょうと笑いかけるさがみ。
どうもありがとう――
その心意気が嬉しくて、また少し泣きそうになった。



「それじゃあ、また」
「ごちそーさまでしたー」
「それでは師匠、行ってきます」

晴れやかな朝。太陽の光が目にまぶしい。
門扉を潜って外に出ると、少女は葦菜に振り返り、笑顔を見せた。

「私は大会のお仕事がありますんで、先に行ってますね!」

駆けていく少女を見送り、その姿が見えなくなると、葦菜は自分の右下にちょこんと立っているきららへと声を掛けた。

「それで、次の目的地は……ああ、アメリカの空母ね」

もっとまともな所がよかったんだけど、仕方ないから一緒に行ってやるわと肩を落とす葦菜だったが、きららはニコニコ顔である。

「葦菜ちゃんよろしくねー!それじゃーおさかなさんをたべにしゅっぱーつ!」

走り去った少女とは反対の方向へ、葦菜ときららは連れ立ち、ゆっくりと歩いていく。
ときおり、きららの元気な声が辺りに響き渡る。
――わーい!なんかつよくなったー!
――あっそう。そりゃよかったわね。



二人の姿も見えなくなり、静まり返った坂の上の通り。
古めかしい木造の門扉が、音もなく、ゆっくりと閉じられた。



◆埴井きらら
■パワーアップ内容
1-a.ステ上昇(指定したステを+2)
体力+2