折れた両足に鞭を打ち、久しぶりの日本の大地に降り立った月読葛八の目の前に、
突如として古めかしい和風の土塀と門が現れた。
坂を上り切ったら〜とか角を曲がったら〜とかトンネルを抜けたら〜とか、
そういったときに使われる比喩表現ではない。
だだっ広い、自分が乗っていた飛行機以外何もない場所――それもそのはず、ここは滑走路だ――で、
歩き出そうとした葛八の前方、地面から湧いて出たかのようにその門は出現したのだ。
――今度は一体なんですか……
世界格闘大会に参加して以降、数々の珍事に巻き込まれてきた葛八にとって、
この程度の出来事は最早慣れっこである。
巻き込まれ体質ここに極まれり。慣れって恐ろしい。
諦観の表情で成り行きを見守る体でいる、そんな葛八を迎え入れるように開かれる眼前の門。
大きく分厚い木戸が音もなく両側に開かれ、中から一人の女性が現れた。
葛八にもよく見覚えのある相手。先のインディア興行でリングの上に見た相手。夢見ヶ崎さがみである。
「こんにちは、月読葛八さん。今一度自分を鍛えなおしたいと希望したそうね」
どうやら話を聞いたところ、大会も折り返し地点となり、各選手達に与えられたパワーアップの機会。
その中でも、自分が特定の能力を強化したいと望んだ選手のサポートをするため、
さがみはこのところ、各選手の下を訪れているのだそうだ。
10人くらいは余裕でくつろげそうな、広めの和室。
椅子に座り、出された緑茶を啜りながら、さがみの話になるほどと葛八はうなづいた。
ちなみに和室に椅子という見た目上微妙な組み合わせは、葛八の折れた両足を考慮してのことである。
「それじゃあよろしくお願いします……俺、ぜんぜん大会で勝てなくて……」
そこそこの攻撃力と防御力、それに高い生命力。
そして何より強力な必殺技『空震砕』を持った自分がまさかここまで勝てないなんて……
攻撃力も体力も大会参加当時より確実に高まっている。
だがそれに反比例するかのように葛八の精神は磨り減っていた。
「では武道場に行きましょうか」
葛八の承諾を受け、早速鍛錬が始まることとなった。
客間から武道場への道すがら、枯山水の庭や風になびく庭木の枝を眺め、
広い屋敷の中を颯々と歩くさがみの背を眺めつつ、葛八はふと疑問に思った。
――そういえば俺、聴覚喪失中なんだけど、なんで会話できてるんだ?
応援の都合である。
一応、さがみは時々耳の聞こえなくなる少女の面倒を長い間見ていたため、
聴覚喪失中の相手と会話をするための手段を色々と用意していたというフォローもあるが、設定を語るには余白が足りない。
***
「それでは早速、その足では辛いでしょうけれど、あなたの得意技を見せてもらえるかしら」
艶々とよく磨かれた板張りの床、清潔感ある白い壁、
木の格子がはめられた障子窓から和らげられた太陽光が差し込む広々とした四角い空間。武道場。
鍛錬の始まりである。
「これくらいでへたばってるようなら……とっくに大会を棄権してます……よっと!」
武道場の中央に進み、葛八は全身の生命力を循環させ、
迷いなく折れた足で踏み込み、右腕に集中させた力を一気に解放する。
『空ッ震ッ砕!』
技名を叫ぶのはお約束。
虚空に向かって突き出された掌底が道場内の空気を震わせ、手先から円形の必殺技エフェクトが放たれる。
直接喰らわずとも見ただけで分かるその技の高い威力と性能に、さがみがへぇと感嘆の声を漏らした。
「ふぅ……それで、どうですか?」
葛八が視線を向けると、さがみは何やら難しげな顔をしていた。
その表情に、何か問題でもあったか、いや問題があるからそもそも勝てていないんだろうけどなどと考える葛八に、
さがみは思い切ったように口を開いた。
「ひとつ質問、というより、疑問があるのだけれど、訊いていいかしら?」
「いいですよ」
「あなたの身体能力、技を見て思ったのだけれど」
「はい」
葛八の気と表情が自然に引き締まる。
「どうして勝てないの?」
「それ俺が訊きたいっすよぉぉぉーーー!!!」
***
「最初の相手はダンゲロス子さん。なるほど、彼女が相手では倒しきれないのも仕方ないわね」
「チャイナではトラーに襲われて……攻撃がぜんぜん当たらなかったんですよ……」
「椎名……人工転校生。彼も強敵ね」
「知っているんですか?」
「ちょっと、ね」
客間に戻り、お茶とお茶請けを片手にさがみと話をすることとなった葛八。
身体能力や技に問題がないと太鼓判を押され、結局、過去の戦績から今後のことを考える流れになったのだ。
「ああ、次は私も参加した興行ね。そういえば月読さんの姿が途中から見えなくなったと思っていたけれど」
「いや、埴井きららの襲撃を受けて……」
「不意打ちへの対処は難しいものね」
「不意打ちというか……周囲への注意力が散漫に」
「何かあったの?」
「アッハイ……アイエッ、なんでもないです」
あなたの姿に目を奪われていましたとは流石に言えない。
「そしてA’」
「あお……A’」
過去の戦績を見終えたさがみの次の言葉を待ち、練り切りを一切れ口に放り込む。
と言っても、正直なところ、既に答えは葛八自身の中で出ていることでもある。
転校生と戦ったり、敵に攻撃がさっぱり当たらなかったり。
つまり自分は……
「つまり、あなたは運が悪いのね」
「やっぱりそれなんですか……」
トラやロボット?や転校生、戦ってきた相手を思い出すと眩暈がするくらい濃い面子である。
この巡り合わせは何なのか。改めて頭を抱えたくなる。
「これについては私も手が出せないわね」
申し訳なさそうな微苦笑を浮かべるさがみを見て、溜息をひとつ。
「結局……自分でどうにかするしかないってことっすね」
***
「今日のところは夕食をご馳走するわ。せめてゆっくり休んでいって頂戴」
鍛錬は終了。
さがみの言葉に甘えてゆっくりとくつろぐことにした葛八は、
夕食が出来上がるまでの時間をさがみと将棋を指して過ごすことにした。
「まあ、なるようになりますかね」
ピシ――
「あなたの実力なら、運が悪くなければね」
パチン――
「運が悪くなければ……っすね」
ピシ――
「……将棋も強いのね」
***
結局、突然現れた屋敷でしたことといえば必殺技を一発放って将棋を指して夕食をご馳走になっただけ。
なんともおかしなパワーアップイベントもあったものである。
ただ、まあ……
「少しは気が軽くなったかな」
月読葛八の人探しとホーリーランドの戦いはまだまだ続く。
<パワーアップイベント>
◆月読葛八
■パワーアップ内容
1-a.ステ上昇(指定したステを+2)
精神+2