“PROFESSOR”さがみ退場SS 〜〜夢追汽車のターミナル・ケア〜〜

ポポ・マスカラス・レオによって開催されたインディア興行は熱狂の内に幕を降ろした。
会場となった公園を埋め尽くしていた群集は三々五々と歩み去り、辺りは普段通りの雑多に賑わう街へと還る。

医務室代わりに使われている仮設テントの中、白一色の世界で簡易ベッドに横たわる夢見ヶ崎さがみは、
布一枚隔てた外界から届く街の息遣いを静かに聴いていたが、近付く足音を聞き分け、入口へと顔を向けた。

「師匠……大丈夫ですか?」

白い布の切れ目から、少女が顔を覗かせる。
さがみが今回参加した興行の本体、世界格闘大会の運営に雇われている少女であり、さがみを師匠と慕う少女である。
少女の顔から不安の色を見て取ったさがみは、柔らかく微笑むと、安心させるように声を返す。

「ええ。心配しなくとも大丈夫」
「大会側の医者には掛からなくていいんですか?」
「そうね……家で治療すれば十分よ」

さがみの落ち着いた声音を聞いてその顔に安堵の色を滲ませた少女は、しかし続いてやや俯き、目線を彷徨わせるように言葉を紡ぐ。

「もうそろそろ……また旅に出るのですか?」
「そんな寂しそうに言わないで。またすぐに顔を見に来るわ」

手招きし、少女をベッドの傍らに立たせ、さがみはその頭をそっと撫でる。
少女は俯いたまま、じっと、さがみの手から伝わるその体温を忘れないよう、心に刻む。
外の喧騒から切り離されたかのように、テントの中には穏やかで、暖かな時が流れる。

「あの……」

しばらく、沈黙のままにいた少女が、おずおずと、しかし決断の篭った声で口を開いた。
優しげに見上げるさがみの視線と、少女の視線がしっかりと交わる。

「わがままを言っても……いいでしょうか」
「聞きましょう」

少女は深呼吸をし、さがみに告げた。

「ずっと悩んでいました。私は師匠に迷惑を掛けているんじゃないかと。
 師匠がここのところ調子を崩しているのは私のせいなんじゃないかと。
 私の友達が苦しんでいるのは私のせいなんじゃないかと。
 私が友達の事を心配すれば、友達はかえって辛くなるんじゃないかと。
 そうかも知れないと、今でも思います。
 それでも、そう思って何も出来なくなるなんて絶対に嫌なんです。
 私は、師匠を、友達を、私の手で幸せにしたいと願っているんです。
 ……ですから、
 私はこれからも師匠に、友達に、もしかしたら辛いことを思い出させてしまうかも知れません。
 でも、どうかずっと、一緒にいさせてください。お願いします」

頭を下げる少女に、さがみもまた、告げた。

「あなたは、あなたの生きたいように生きなさい。やりたいようにやりなさい。
 遠慮なんていらないわ。私は、あなたを、いつでも応援している。どこでも応援している。
 だから、泣かないで。あなたに泣き顔は似合わないわ。元気な笑顔を、私に見せて」

頭を下げたまま、慌てて顔を袖で拭い――

「……はいっ!ありがとうございます!」

少女はさがみに、真っ赤な目で笑顔を見せた。


***


屋敷に帰ったさがみは、母屋に入ると、そっと離れの部屋を覗く。
部屋の中では同居人、もとい同居鳥である病床のオオタカ――オウワシという名前である――が静かな寝息を立てている。
さがみはほっと一息つくと、静かにオウワシの部屋を離れ、自分の部屋へと戻る。

持ち歩いていた写真を文机の上の写真立てに挟み、
床の間に掛けた自筆の書を――全ての病を打倒する武術を生む、という決意を込めた『夢追』の文字を見ると、

「さあ……鍛錬を続けましょう」

一人、言葉を音に乗せ、武道場へと歩いていった。

――文机の上、写真立てに飾られた写真の中、さがみの愛した少女が、さがみの背中を笑顔で見送っていた。


***


【夢見ヶ崎さがみ】
病を打ち倒す武術を編み出すため、日々、鍛錬を積む転校生。
世界格闘大会へは、目指す武術のヒントを求めての参戦でもあった。

魔人能力『Lost Royal Guard』


【さがみの持つ写真に写る少女】
希望崎学園報道部に所属していた少女。名を夢追中(ゆめさこ かなめ)という。
原因不明の死に至る病を患いながら、夢を追い、全力で日々を生きていた。
幼い頃より、さがみがずっと面倒を見てきた、さがみにとっての大切な存在でもあった。
AD2014末、持病の悪化により病死。
世界中から集めていた蘇生能力も効果無く、故人の心意気を尊重して平行世界の同一人物を召喚することもなく――享年16歳。