“PROFESSOR”さがみ 第4TのSS 〜〜興行第2試合〜〜

第1試合の興奮冷めやらぬ会場は、人々のざわめきが嵐のように辺りを揺さぶっている。
今、リングの上には二人の人物が向かい合って立つ。
再びリングに上った夢見ヶ崎さがみと、新たな対戦者、佐々木十吾。

「あなたが対戦相手とはね」
「手合わせを願おう」
「あまり派手に動いたつもりはないのだけれど。雲類鷲の周囲を軽く調べたのが目に付いたのかしら?」
「いや、関係ない」
「“ファクトリー”の知識がお邪魔かしら?」
「いや、関係ない」
「……あなたも“母”の導くままに?」
「いや、それも関係ない」
「それじゃあ……『表のあなた』がここに立っている。それでいいのかしら」
「ああ。俺は亡き男の無念と、恵まれぬ子供達のためにこの戦いへ臨む」
「そう……では、いい試合をしましょう」
「いい試合を――」

突き出す拳がそっと触れ合う。
興行第2試合の開始を告げるゴングが今、打ち鳴らされた。


***


試合開始と同時に仕掛ける十吾。
距離を測り、ペースを握るためのジャブ、痛烈なローキックを放ち、さがみを牽制する。
それに対してさがみはガードを固め、ひとつひとつの攻撃を丁寧に捌く。

(流石の防御技術――だが、長期戦になれば有利なのは俺だ)

攻撃を出し続けながらも決定打を当てられぬ十吾であったが、その胸中に焦りはない。
既に一度試合をこなした状態のさがみの残体力と己の技量を見極め、冷静に試合を運ぶ。
的確にして理詰めの猛攻を前に、防戦一方であったさがみだが、不意に大きくバックステップを踏み、十吾との間合いを広げた。

何をする気か、深追いすることなく様子を覗う十吾に向い、防御に回していた腕を前に差し出し、さがみが口を開いた。

「あなたの緻密な戦いぶり、もっと観ていたいところだけれど――」

私の体が持ちそうにないし先に仕掛けさせてもらうわ――声とさがみの姿が、同時に十吾の眼前へと迫った。
想定外の接近に、なんとか拳を突き出し迎撃を試みる十吾。しかしその打撃は流され――
直後、十吾の鍛え抜かれた肉体は宙を舞い、マットへと叩きつけられた。

(これは……先ほどの試合を決めて見せた『浮落』!)

衝撃で揺れる視界と意識をなんとか抑えつつ、十吾は己を投げ飛ばし、悠然と構えるさがみを見上げる。

「さあ――どうする?」

さがみの声を聞き、震える膝を叱咤し、十吾は立ち上がる。
見事な技であった。未だ頭がふらつく。しばらく防御を固め、ダメージを抜くのがセオリーであろう。
十吾は素早く最適な試合運びをシミュレートする。だが――

(だが、相手の大技に、こちらも応えなくてどうする!)

既にさがみの体力は限界を迎え、今の大技も限界を超えて放っている、そう十吾は理解していた。
何事もなく立っているように見えるさがみだが、激しい打撃を防ぎ続けたその両の腕はいまや上がっていない。
一撃、それでもう立ち上がることもできない状態であることが見てとれた。

ゆっくりとファイティングポーズをとり、十吾はさがみの言葉に応える。

「俺も――その心意気に応えよう!」

電撃的速度で十吾はさがみへと走り込む。己の最も得意とする、最も初歩的であり、最大の武器。連続攻撃を叩き込む。
放ったローはカットされる。だが十吾は止まらない。
放ったパンチは弾かれる。だが十吾は止まらない。
放ったローがさがみの体勢を崩す。十吾はなおも止まらない。
さがみの強固な防御を突き崩し、十吾の拳が捻じ込まれた。


***


世界格闘大会運営の日雇い少女は、インディアで行われた興行の、その会場で行われた場外乱闘を遠巻きに眺めていた。
仲良しの中でも特に仲良しであると、そう少女が思っている相手、埴井葦菜の、その親戚であるという埴井きららの大暴れである。

興行の試合を観ていて我慢が効かなくなったのか、さがみの第2試合終了を待たずして突如走り出したきらら。
その向かう先にはきららと同じく世界格闘大会参加者であり、興行飛び入り参加者である月読葛八の姿があった――。

「月読さん……でしたね。なんだかずっと不憫な目に遭っているような……」

突然始まった場外乱闘の結果、葛八はきららに敗れ、興行参加の目的も果たせぬまま担架に乗せられている。

「……頑張れっ」

少女は遠くからこっそりと不憫な青年に声援を送り、続けてきららの方へと目をやる。
きららも勝ったとはいえかなりの辛勝。ぼろぼろな状態のきららを、心配そうに葦菜が気遣っている。
そんな葦菜に、よろめきながらも未だ満足がいかないのか、次の獲物を探して周囲へ目を走らせるきらら。

止めるべきか、好きにさせるべきか、葦菜は逡巡しているのであろうか。
その様子を見ながら、少女はふと、少し前から体調を崩し、床に伏せっている親友のことを思い出す。

(今あなたに見舞われたら多分私は泣きついちゃうから……そんなみっともない姿を見せたくないから)

さがみの口から言伝られた親友の言葉に、少女は酷く悩んだ。――今も、悩んでいる。
気遣いたい相手に、気遣いを断られたとき、どう接するのが正解なのだろう。

沸き立つ会場の歓声が耳に届き、少女は意識を現実に引き戻された。
慌てて歓声の原因であろうリングの上へと視線をやると――

少女が師匠と慕う人物、夢見ヶ崎さがみが、マットへ倒れ込んでいた。


***


「……いい試合をありがとう。素敵な技を、ありがとう」
「ああ」
「興行は貴方が引き継ぐことになるけれど……盛り上げて見せてね」
「任せておけ」

短いながら、互いに必殺技を出し合い、一瞬に全力を込め合った試合であった。
さがみは残された力を振り絞り、倒れたままで拳を差し出す。
十吾も拳を差し出し、それに応える。

両者の健闘を称える拍手と、さがみの身を案じる少女が、二人の立つリングの外から飛び込んできた。



第4T“PROFESSOR”さがみクエスト
“PROFESSOR”さがみ VS 佐々木十吾
佐々木十吾 5R決着 フィニッシュブロー:連続攻撃