“PROFESSOR”さがみ 第4TのSS 〜〜興行第1試合〜〜

「あなたは、子供達のためにリングへ上がるそうね」
「ああ、そうとも!世界中のチビッ子達に夢と希望を与えるのが私の“戦い”だ!」
「素敵な“戦い”ね。ふふ……これは盛り上げなくちゃね」
「いくぞ!GAOOOOOOOOOOOOOO!!」

カァーーーン!!!試合のゴングが打ち鳴らされる!


***


真白く四角いリングの上で、さがみとポポは睨みあう。静かな立ち上がりだ。
リングの中央を中心に、ゆっくりと円を描くように互いに相手の出方を覗う。
丁度一周、両者が試合開始と同じ位置に戻ってきた時、まず仕掛けたのはポポである。

右手をゆっくりと伸ばし、誘うようにさがみの眼前へ手を差し出す。手四つだ。
これに応じ、さがみも左手を伸ばし、ポポのフライパンの様に広く平たい手をがしりと掴む。
と、その瞬間、さがみの体は宙へと浮かされる!ポポの巨躯はさがみを片腕で軽々と放り投げたのだ!

「GAOOOOOOOOOOOOOO!!」

棒切れのように振り回され、マットに向かって叩きつけられるさがみ!
ズドン!とマット全体が投げの衝撃で軋む!
しかし受身によってダメージを抑えたさがみは素早く立ち上がり、あまつさえ笑みを零す。

「怪力は大したものだけれど……それだけかしら?」

さがみの言葉に、マスク下で獅子の顔に獰猛な笑みを浮かべるポポ。
威嚇するかのように両腕を広げ、全身から発する圧力をいや増し、さがみへと歩みゆく。

(いいだろう!出し惜しみは無しだ!)

さがみの間合いの二歩ほど手前でポポは前進を止めると、その場で軽いステップを刻みだす。
いや、ステップではない。伸ばした両の腕をそのままに、コマの様に回転を始めたのだ。
回転の速度は上がり、上がり、上がり、ついにはコマなどという生易しいものではない。竜巻の如き高速回転となった!

「へぇ……」

目の前に突如として現れた天災、人間竜巻に向い、隙を作らぬよう、咄嗟の事態に対応できるよう、
注視しつつ、かつ飽く迄流水のように自然体のままで、さがみは次の一手を待つ。
待ち受けるさがみに対して、果たして竜巻へと変じたポポはどの様に動くのか。

不意に竜巻がさがみに向い襲い掛かる!
そのまま高速回転する腕で横殴りの打撃を加えるかと思われた人間竜巻だが、なんとその回転軸をずらし、
さがみの体を掬い上げるように、下から上へ、強烈な打撃を加えた!再び空中へと打ち上げられるさがみ!

なんとか打撃を腕で受け、致命打を免れたさがみは、しかし逆さに写る視界の中、ポポが次なる行動へ移っている様子を目撃する。
高速回転を止めたポポは落ち行くさがみに照準を合わせ、丸太のような脚でさがみの頭を挟み取るべく跳び上がった!

竜巻の如きダブルラリアットで相手を空中へ吹き飛ばし、
落ちてきた相手をルチャ技ウラカン・ラナ・インベルティダで大地に沈める大技。
ポポ・マスカラス・レオのフェイバリット・ホールド『レオ・ウラカン・エンペラルダ』だ!

しかし、これに対してさがみは空中で反撃に転じる!
己の顔を目掛けて伸ばされた右脚を素早く掴み取ると、どのようなカラクリか、
宙に浮いたまま姿勢を制御し、天地逆転していた体の向きを正してトーホールドを敢行したではないか!

激しい音と振動を立て、一塊となった両者がマットへと落下する。
連続で繰り出される空中技、大技の数々に、興行の客達は歓声をあげて応える。
今、正に興行の会場は興奮の坩堝と化していた――


***


「師匠ー!頑張ってー!」

ざわめく観衆に混じり、リングサイドではさがみの応援をする少女の姿が覗える。
少女の横には世界格闘大会参加者である千地プリンとリオン・セプスの姿が、
逆隣にはやはり世界格闘大会の参加者である埴井きららと、その付き添いの埴井葦菜の姿があった。

「おししょーさんもらいおんさんも『ばくだんもなか』くらいおいしそー!」
「プリン!私もあのお菓子が食べたい!」
「わかりました、お嬢様」

銘々が試合を観戦しながら思い思いの事を口に出し、盛り上がっている。
そんな中、声を張り上げて応援をしている少女に向かって、それまで黙って試合を観ていた葦菜が声を掛けた。

「ねえ」
「うーでーひーしーぎー!……あぁ、はい、なんです?」

興奮で紅潮した顔を向けてくる少女に対し、なんという言葉を紡ぐべきか、葦菜はしばし逡巡した後、続けた。

「あぁ……何て言やいいのかしら……えっと……アンタの、その……アンタの家に集った時にさ」
「はい」
「前にホーネットが持ってきたおかしな蝋燭のせいで大騒ぎになったこと……あったじゃない」
「ああー、皆興奮しちゃって大騒ぎして、師匠が颯爽と全員正座コースを取らせた」
「そう……そう、それ」
「それがなにか?」
「あの時にさ、アンタのお師匠さん、私達全員を一瞬で一回転させて強制正座させたじゃない」
「そうでしたねぇ」
「あの時に比べると随分とお師匠さんの動きが……良くない?ような、そんな気がするけど」

葦菜の言葉に、少女の動きがぴたりと止まる。
リングを向いたまま喋っていた少女はゆっくりと葦菜の方へと向き直る。
少女の表情に、やはり無理に明るく振舞っていたのかと、葦菜は眉根を寄せた。

「……やっぱり、思います?……近頃、師匠、調子が悪いみたいで……」
「ふーん……」
「この前、師匠の武道場に顔を出した時も、床に落ちた木刀を眺めていて……」

過去の光景を思い出し、表情に不安の影を落とす少女。
先ほどまでの興奮状態は一転、その顔から血の気が一気に引いているのが見て取れた。

「素振りをしようとしたらすっぽぬけちゃった――って、師匠がそんなことを……」

師匠と慕う人物の不調を我がことの様に不安がる少女を、葦菜は黙って見つめる。
不意に、泣き出しそうな表情を見せ、少女は葦菜に問う。

「やっぱり……私の……せいでしょうか?」

葦菜はその表情を直視できないのか、視線を逸らし、それでも何か少女に言葉を掛けようと口を開く。

「アンタのせいじゃ……」

突如、会場を一際大きな歓声が包み込み、周囲の空気をうねらせる。

「そこを退けぇぇぇ!!!」

リング上から届いた大音声に、驚き少女と葦菜が視線を上げれば、
さがみを掴みあげたポポが、今にもリング外――こちらに向かってさがみの体を投げ落とさんとしていた。


***


「お嬢様!」
「ふわっ!?プリン!?」
「らいおんさんかっこいいー!」
「ちょっと!?」
「師匠!?」

大慌てでその場を離脱する面々。
直後、残されたパイプ椅子の列へと、さがみの体が紙屑のように投げつけられる!
鉄のひしゃげる派手な音と、濛々と上がる砂煙があたりに立ち込め――しかし、その砂煙の中からさがみは決然と立ち上がる。

「荒々しいファイトスタイルも見せてくれるものね」

幾度もの投げ技の応酬により体力を消耗させているさがみであったが、まだ息を切らすことなく、リング上のポポを見上げる。
ポポもまた度重なる投げ技、関節技により体中を傷めながら、堂々とリングの上に立つ。
お互い、弱いところは見せず――だが、決着の時が近いこともまた理解していた。

「往くぞ!フィニッシュだ!」

最後の激突もまた、ポポからの仕掛けであった。

「GAOOOOOOOOOOOOOO!!」

雄雄しき咆哮と共にその巨躯がトップロープを軽々飛び越え、リング外のさがみに向かい襲い掛かる!
隆々たる筋肉の鎧に覆われた肩を凶器と化し、場外の敵を屠り去るこの技こそはトペ・スイシーダ!
これ以上の長期戦は出来ないと判断したポポの、一気の大技である!

さがみは――目の前に迫る筋肉の壁に対し、臆することなく手を差し伸ばす。
ポポの投げ技によって痛めつけられた腕だが、まだ動く。まだ、投げられる。
ポポの巨体と交錯する刹那、整えた呼気と共に、さがみは腕に溜めた力を解放した。

二者の体がぶつかり合い、周囲に轟音が木霊する。どっと会場が沸いた。


***


試合終了のゴングすら掻き消さんとする大歓声に包まれたインディアの興行会場。
その声援の中心は、特設リングの外に倒れ伏す覆面レスラーと、その傍らに立つ転校生に向けられていた。
さがみの必殺技『浮落』はポポの体を空中で一回転させ、地面へと叩き付け――試合を決めたのであった。

「勝てなかったのは無念だが……いい試合だった!興行を快く受けてくれてありがとう!」
「こちらこそ、いい試合をありがとう」
「出来れば……いや、次こそは君の本気を引き出させてもらおう!そして、その上で私が勝ってみせる!」
「あなたこそ、かなり酷い怪我のまま試合をしていたでしょう。次というなら、その時こそは万全の体調で実力を見せて欲しいわ」

そう、万全の状態でないのはさがみだけではない。ポポもまた両腕を骨折した状態での戦いであった。
互いに相手が万全でないことに気付き、しかし今出し得る全力を出し尽くし戦っていることも理解し合い――
互いの健闘を、実力を認め合い、言葉を交わす両者には、全霊でもって戦い合った者にしか分からぬ強い絆が見て取れる。

「師匠!格好良かったです!」
「らいおんさんかっこよかったー!」

そんな二人へと、周囲からも賞賛の声が掛けられる。
見れば、二人の周りには人々が山と押し寄せ、その勇姿をそれぞれの双眸に映している。

いつしか、会場を万雷の拍手が包み、激しい戦いを終えた二人の闘士を祝福していた。
燃え上がるような熱戦を見せた興行第1試合。神秘の国、インディアをその熱が覆い尽くした。



第4T“PROFESSOR”さがみクエスト
“PROFESSOR”さがみ VS ポポ・マスカラス・レオ
勝者“PROFESSOR”さがみ 11R決着 フィニッシュホールド:浮落