“PROFESSOR”さがみ 第4T興行開始SS



***


「プリン!」
「はい、お嬢様」

「プリーン!」
「はい、お嬢様」

「プーリーンー!」
「はい、お嬢様」


***


「仲良しですねぇ」
「そうね……」

インディアで開催されたポポ・マスカラス・レオの興行。
特設リングサイド近くの仮設テーブルにて、試合開始までの時間を談笑で過ごす四人。
千地プリン、リオン・セプス、夢見ヶ崎さがみ、そして世界格闘大会運営陣の日雇い少女。

ごみごみと人波で混み合う興行会場。
パイプ椅子やテーブルが乱雑に並び、売り子の声と観客の怒声が響き渡る。
誰かに蹴飛ばされたアキカンがカラカラと乾いた音を立てて転がってゆく。
立ち込める熱気と砂埃が、あたりの景色をゆらゆらと茶色く染めている。
そんな中で、プリンとリオンの周囲は白い光りが雲間から差しているかのように明るく、清々しい。

日雇い少女は目の前の煌く光景にしばし目を細めていたが、ふと自分の隣に座る人物の異変に気付いた。
少女が師匠と慕い、今回の興行のメインイベンターである、『転校生』夢見ヶ崎さがみ。
少女にとって常に頼りがいがあり、誰よりも信頼の置ける相手であるさがみが、
プリン達の様子を見ながら、どこか苦しげに、寂しげに、表情に影を落としている。

「師匠?」
「……仲良しね……本当に……」
「大丈夫ですか?」

少女の心配そうな声に、さがみは表情を和らげ、微笑み、頷く。

「ええ……」

さがみは服の中に忍ばせた写真を、そっと指先でなぞる。
目をつぶり、静かに呼吸を整え、興行の成功を願い――

「これからリングで大暴れしないといけないっていうのに、ちょっと精神を乱してしまったわね」
「あの……ええと……」
「ああ、大丈夫よ。呼吸を整えればすぐにコンディションも戻るし」
「師匠なんだからそれはそうでしょうけど……」
「それに、多少心が乱れていても、ある程度は動けるくらいに体も練ってあるから」
「うーん……」

興行の開始を告げるゴングが鳴り、会場は俄かに盛り上がりを増す。
さて行きましょうかと立ち上がるさがみに、少女は悩んだ末に言葉をかけた。

「師匠、今回の興行で、師匠は全勝できないんですよね?」
「ええ、以前言った通り、精々二人相手にするのがやっとね」
「師匠は昔話ついでに負けないことの大切さを沢山教えてくれたじゃないですか」
「……そうね。世界中を巡っていたときの話も……したわね」
「なんで興行に参加するんですか?……私は、師匠が、誰かに負けるところなんて……」

俯く少女の頭を、さがみはそっと撫でる。

「負け云々の話は、あれは軍や傭兵や、戦場の話だから」
「……」
「私は軍人でも傭兵でもないし、流派や看板を掲げようという武術家でもない」
「……はい」
「ただ根っこからの武術好きで、お人好しな、そんな人間なのよ。まあ、今は転校生だけれど」
「……はい」
「武術が好きで、もっと沢山のことを知りたいと思っているから」
「……はい」
「こんな舞台が用意されたら、上がるしかないじゃない?折角の好機なのだから」

さがみはリングを見上げ、この機会を用意してくれた相手に視線を送る。
リングの上にはさがみの対戦相手一番手、ポポ・マスカラス・レオが立ち、
マイクを片手に咆哮をあげ、会場を沸かしている。

リングサイドで、人々の歓声に包まれた中、少女と、さがみとが、試合前の最後のやりとりを交わす。

「師匠の心意気……伝わりました……でも……いえ、師匠……お気をつけて」
「ええ。……それと、どうせなら興行も盛り上げたいし、もう少し……ないかしら?」
「あ、えっと」
「見送ってくれるなら、いつも通り、元気なあなたで、元気に私を送り出してくれないかしら」
「は、はいっ!そうですね。そうでした!……では、師匠!頑張って!!!」

少女の声援を背に、さがみはリングに上がる。
精神は未だ揺らいだまま……しかしその程度がなんだというのか。

「はーっはっはっはァ!!よく来たな!転校生『PROFESSOR』さがみ!
 このリングの上、どちらかが倒れるまで、存分にやりあおうじゃないか!
 神秘の国、インディアにメキシコの熱風を吹き荒らして見せよう!
 GAOOOOOOOOOOOOOO!!」

「素敵な興行に招待してくれてありがとう。ポポ・マスカラス・レオさん。
 試合ではさらに素敵なものを見せてくれると信じているわ。
 さあ――私に見せて、あなたの技を。私を魅せて、あなたの技で!」

試合開始のゴングが今――打ち鳴らされた。