多種多様、雑多な人々が行き交い賑わう、ここ、インディアのとある広場。
頭にターバンを巻き、立派な髭をたくわえたナイスガイが水煙草をふかし、
漆黒の服に身を包んだ妙齢の女性がゆっくりと人混みの中を練り歩き、
物売りの喧騒に包まれた大通りではヨガの行者が火を吹き、テレポートで移動する――。
そんな中、広場の一角に設けられた屋台をひとつ借り受け、複数の鍋を火にかける少女の姿があった。
その少女――世界格闘大会の裏方業務を行う日雇いの少女――は、一通りの作業を終えると、
ティーポットを片手に屋台の客席に座る少女、リオン・セプスの元へと移動した。
「はい!これがダージリンですよ!」
「なにこれ!いい匂い!」
「そうでしょう!ダージリンは素晴らしい香りですよね!」
なにを隠そう、世界格闘大会の真っ只中である現在、
そしてその戦場のひとつ、インディアのど真ん中にて、
少女とリオンの二人は……絶賛、ティータイムであった。
少女は世界格闘大会をきっかけにこの地で知り合ったリオンに仲良くなりたいと声をかけ、
リオンの方も渋りはしたものの、甘いお菓子をご馳走すると言われ、その申し出を承諾し、
結果、こうして少女からリオンに紅茶の素晴らしさを伝えるための席がひとつ、設けられたのであった。
***
「うえぇ……にがーい!」
「あれ、お口に合いませんか……うーん、ダージリンの渋味は苦手な人は苦手ですから……」
「ちょっと!どうしてこんな甘そうな匂いでこんな苦いのよ!許せない!」
「それでしたらお口直しにこちらをどうぞ。アッサムを牛乳で煮出したチャイです」
「わあ、今度はお菓子みたいにいい匂い!……また苦いなんて事ないでしょうね?」
「はい、ご安心を。辛めのスパイスは控えめに、甘めのスパイスと砂糖はしっかり入れましたから」
「じゃあ……ごくごく……んんー!美味しい!」
「それは良かったです!ああ、クッキーも焼きましたんで是非どうぞ!」
紅茶を挟み、二人は笑顔と談笑に華を咲かせる。
少女は幼いリオンを前に、紅茶の産地や茶園について、またお茶請けについてなどを嬉々として語り、
リオンは美味しい飲み物や甘いお菓子に思いを巡らせ、目を輝かせる。
***
――その様子を、少し離れた場所で見守る影がふたつ。
少女が師匠と慕う人物、世界格闘大会の特別招待選手、『転校生』の夢見ヶ崎さがみと、
リオンを護る直属のボディガード、古代ローマカラテの使い手、千地プリンである。
さがみとプリン、二人はそれぞれ、華やいだティータイムを過ごしている少女達の姿へと、
静かに、しかし見る者が見ればその顔に微笑みを認められるであろう表情で視線を向けていた。
「リオンちゃんは、貴女にとって、護るべき大切な存在なのね」
おもむろに、さがみがプリンへと声をかけ、会話と言えるのかも怪しいような静かな語りが始まった。
「私も自分の身を護る事に関してはかなりの腕前だと自負しているけれど、それでも他人を護るのは難しいわ」
「………………」
「自分を護る事よりも余程……」
「………………」
「大会はまだまだこれから……貴女の大切な人を悲しませないように、ね」
「………………」
「それと、余裕があればしっかり活躍して見せてあげて。ヒーローはヒロインを喜ばせるものでしょう」
「……そうですね」
穏やかな表情で互いの言葉を締め、二人は視線を再び少女達へと向ける。
プリンが護るべき存在、リオンは、視界の中、明るい笑顔を振りまいている。
「お節介だとは思うけれど、貴女の周囲は何かと物騒みたいだから」
「……物騒……ですか?」
しかし、不意に場の空気は変わる。
「そう、これは世間話なんだけれど」
「………………」
さがみは何気ない風に“世間話”を始めた。
***
「去年のクリスマス……丸ビル前の騒動……知っているかしら」
「………………」
「表向きは今もって謎のテロ集団が起こしたものとなっているけれど……」
「………………」
「現場では多くの手芸者が目撃されたそうよ。まあ、もちろん警察はそんな証言を取り上げないけれど」
「………………」
「手芸者と言えば、知っているかしら?」
「………………」
「雲類鷲って製薬会社……裏で手芸者を使って色々やっているって噂」
「………………」
「西へ勢力を拡大しようとして、向こうの“組織”と派手な抗争を起こしたなんて話もあったわね。……つい最近」
「………………」
「なんでもその抗争では対立した両組織の手芸者や巻き添えになった無関係の一般市民が多く犠牲になったとか」
「………………」
「それで、その時に両組織の人員に少しばかりの行方不明者が出たそうでね」
「………………」
「その時の状況を知っているであろう行方不明者……もし無事だったなら、両組織ともそれなりの対処を考えるでしょうね」
「……それは……」
さがみの“世間話”をしばらく無言で聞いていたプリンは、何かを言葉にしようと口を開く。
だが、
「プリン!プリーン!」
不意にかけられたリオンからの呼び声に、息を呑み、口をつぐんだ。
その様子を見ながら、行ってあげて、とさがみはプリンに言った。
「大切な人は大切に。悲しませないよう、喜ばせられるよう、頑張ってね」
「…………はい」
リオンの元へと向かうプリンの背中を、さがみは眩しそうに見送った。
***
「いい?次に会ったら私の方が紅茶に詳しくなってるんだから!」
「それは素敵ですね!」
「パパに頼めば世界中の紅茶なんてすぐに集っちゃうわ!お金ならいくらでも出してくれるもん!」
「それは頼もしい」
ティータイムを終え、少女に向かって息巻くリオンの元へとプリンが到着すると、リオンはその手を取った。
「さあ!大会中なんだからあんまりぐずぐずなんてしてられないわ!プリン!」
少女の元へと静かに移動し、並び立つさがみに向かい、プリンの手を握ったままリオンが宣言する。
「いいこと!今度会ったら!次こそプリンがあんたをぎったんぎったんにしちゃうんだからね!覚悟してなさい!」
そんなリオンの言葉に、
「そうね。その時を楽しみに待っているわ」
さがみは笑顔で応える。
戦闘後のティータイムは終わりを告げた。お別れの時である。
***
「それじゃあリオンちゃん!プリンさん!また今度!」
去り行く千地プリンとリオン・セプスに別れを告げ、少女は二人の姿が広場から見えなくなるまで見送った。
少女の隣に立つさがみは、さて、と一言。
「ティータイムも魅力的だけれど、それだけじゃ大会に参加した意味がないわね。今度こそ格闘家を探しましょうか」
二人の見送りを終えた少女はさがみに向き直り、そうですね、と笑顔で応え、
「それにしても……」
ずっと気になっていた疑問を口にした。
「古代ローマカラテって結局なんだったんですか?」
***
「格闘技じゃないかしら」
「格闘技だったんですか」
「格闘技じゃないかもしれない」
「格闘技じゃないんですか」
「不思議ねぇ」
「不思議ですねぇ」
<終わり>