第3T登場新転校生、“PROFESSOR”さがみ参戦SS

ザワザワザザザ――ザワザワザワワ――

通りの両脇、すっかり冬の装いになった茶色い木立が風に吹かれて身を震わせている。
まるで雪の結晶のとがった先でちくちくとつついてくるかのように冷たい風だ。
そんな木枯らしに縮み上がる木々の間、白く舗装された遊歩道を少女が一人駆けている。
首に巻いたマフラーを鳥の羽のようにはためかせ、白い息をはっはと吐き出し少女は駆ける。

少女は世界格闘大会の裏方作業をこなす日雇いであり、その手には紙片が一束握られている。
大会に参加している格闘家達の動向をまとめた書類を、少女は運ぶ最中であった。

ヒュウ――竹笛のような高く乾いた音が鳴り、不意に風が少女をなでる。
思わず肩を縮こまらせた少女の、やや赤みを帯びた指先から紙束がこぼれ、風にさらわれる。

「あっ」

季節外れのモンシロチョウのように宙を舞う紙束を掴み取ろうと、少女は慌てて振り返り――
すぐにその必要がないことを知り、紙に向かって差し伸ばそうとした手を下ろした。
振り返った少女の前には、気ままに風に揺れていた紙を迷いなく捕らえ集め、
少女に向かって優しい笑顔と共に紙束を差し出す、少女より十ばかり年上と見える女性が立っていた。
少女は嬉しそうな笑顔を女性に向け、紙束を受け取ると、お礼を言った。

「ありがとうございます――師匠」


***


「私もこの大会に参加することにしたの。特別招待選手枠でだけれどね」
「本当に凄い人達ばかりで――あ、でも師匠が出ちゃったらみんなやっつけちゃうんじゃ」

女性――夢見ヶ崎さがみは少女と並んで並木道を歩きながら、微笑みながら話す。
少女は紙束を落とさないようしっかり抱えつつ、笑顔で話す。

「大会のことは調べたけれど、そんな優しい格闘家達ではないわ」
「えー!師匠でも厳しいんですか!?」
「そうね……月に一人相手するとしても十回に一回くらいは負けるかしら」
「おお……」
「月に二人となるともう厳しいわね。相性にもよるけれど」
「むぅ……そんなことないですって言いたいですけど、師匠が言うならそうなんですよね」
「そもそも、それくらいの格闘家達が集っていなければ参加してもしょうがないじゃない」
「そういえばそうですね」

二人の話し声が並木の間を縫うように抜けていく。
白と茶色の、ひやりとした景色の中に、人肌の暖かみが揺れて溶ける。

ヒュウ――再び風が笛を吹き、甲高い音をあたりに響き渡らせる。
さがみは少女のずれたマフラーを丁寧に巻き直してやりながら、そういえばと話題を変えた。

「あまりゆっくりもしていられないのじゃない?その書類、急いで届けるのでしょう?」
「あ!そうでした!」

慌てる少女に、さがみは安心させるように微笑みかける。

「私に遠慮しないで、仕事をやってしまって。お話はまた後でしましょう」
「そうですね……では、失礼します!」

紙束を持ち直し、さがみに向かって一礼すると、少女は再び駆け出した。


***


白と茶色の、ひやりとした景色に、木枯らしがヒュウと鳴いている。
たたずみ、風の奥に小さくなる少女の背中を見送っていたさがみは、ふと空を見上げた。
冷たい風に洗われたかのように綿雲ひとつ見当たらない、白みがかった一面の青空。
うっすらと滲む白い月がひとつ、寂しそうにその中に浮いている。
青一色と、白い月と、見えるものといえばそれだけしかない空に、さがみは何か他のものを見ているように視線を止めている。

「“母”か――流石はスズハラ機関。なんとも酔狂なことを――」

まああの子は何も知らないようだし構わないわね、と、さがみは空から地上へと視線を戻す。
さがみの視線の先、ひやりとした景色の中、少女の背中はすでに見えなくなっていた。

ヒュウ――風が一際高い音を鳴らし、地面に落ちた枯葉をどこかへ追いやっていった。