八百万の心模様

親心?

●その1
「――という訳です。ですので、よろしければすぐに転送できますが……」

「でも、まだ助けないといけない子がいるんです」

学校見学に来て抗争に巻き込まれたお嬢さんを追ってみれば、行き着いた先は生徒会室。
言葉の喋れない私に代わって夢追中(ゆめさこ かなめ)お嬢様に私の能力を説明して頂き、
直にでも脱出をさせてあげようかと思ったのですが……中々胆の据わった人物だったようで。
もう一人抗争に巻き込まれたお嬢さんを助けるまでは帰らないとの言葉。
一一(にのまえ はじめ)さんですか。その小さな体に宿る心は見事な大きさですね。
まあ、遠巻きにお嬢さんかと思っていましたけれど近くで確認すれば……
事情があるのかもしれませんし、害はないでしょうから黙っておきましょう。
――おや、お話は終わりましたか、ご主人様。

「うん。一ちゃんはまだ帰らないって言うから。……だから、社」

分かりました。私も一さんと、もう一人のお嬢さんを助けられるよう生徒会に助力しますね。

「ありがとう!――えっと、一ちゃん!これからこの社も一ちゃんに協力しますので!」

お嬢様の笑顔が見られるならば、お安い御用というものです。

―――

「ところで社、
 一ちゃんを追いかけた理由が私と同い年くらいだったからって言っていたよね?」

はい。

「一ちゃんって、私よりも年下に見えるんだけれど……」

並んでいるところを見ますと……ふーむ。ポニーテールがふたつ……
ではなくて、確かにご主人様より年若く見えますね。

「社って……もしかして初対面の頃の私の印象でずっと私の事を見てる?」

……言われてみればそうだったのかもしれませんね。
不意に想像するご主人様の姿は未だ当時の姿……これはいけませんね。

「私もちょっとは師匠みたいに大人っぽくなっているんだから!」

そうですね。申し訳ありませんでした。
……これはちょっとした人の親の気持ちを味わった気分です。


●その2
「おや、あの子も生徒会の方ですかね?」

「えっ!?僕に聞かれても……ごめんなさい」

生徒会室から少し離れた廊下を歩くお嬢さんが一人。
ショートカットの髪に眼鏡、実に素朴な印象のお嬢さんですね。
現在はどこかにいるであろう一さんの探し人を我々三名で探索中のため、
見知らぬ人物に出会っても生徒会メンバーかどうか分かりません。
ご主人様、危険があるかもしれないので慎重に――

「すみませーん!ちょっと人を探しているのですがよろしいですかー?」

ですからご主人様は全速前進過ぎるというものですよ!一さんもびっくりしてますよ!
……おや、あちらのお嬢さんも不思議そうな顔でこちらにやってきますね。
……思えばお嬢様も一さんも高校生には見えない出で立ち。
例え相手が番長グループだとしても敵と認識されない……と良いですが。
さて、そろそろごく普通に声を掛け合う距離。何かある前に能力発動する準備を――

「あれ、どうしたのかな君達?ここは危ないからすぐに避難したほうが……きゃっ!?」

いやいきなり何を転んでるんですかお嬢さん!
そして何をいきなりお嬢様ともつれ合ってとんでもない体勢で倒れているんですか!
と言いますか今これ一さんが能力発動してましたよね!?何のパッシブ能力ですか!

「いたた……ご、ごめんなさい」

「(ご、ごめんなさい……僕のせいで……)」

「いえ、こちらこそごめんなさ……ひゃあっ!!??」

そしてそこのお嬢さんはなんでお嬢様を撫で回しているんですか!
今の手つき明らかに変な方向性を感じさせるものでしたよ!

「あ、ご、ごめんなさい!私、女の子を見ると指が妙に動く癖があって」

いやその癖、明らかにおかしいでしょう!

―――

いいですかご主人様。ご主人様もいつまでも子供ではないのです。
ああいった手つきをする輩には十分な注意をですね――

「でも迷い込んだ子を探してくれるって言ってたし、いい人だよきっと!」

いえ、確かに人柄は良いと思いますが――そうではなく――

「そういえば社って、昔からそういう話のときはいつも私を大人扱いするよね」

むう……
……これはまた、ちょっとした人の親の気持ちを味わった気分です。

――先程の害意の無い能力発動を見てすら、これからはもう少し厳重にお嬢様の警護をしましょうかなどと思ってしまう私は、そもそも大概な親馬鹿なのかもしれませんね。

恋心?

●その1
「にゃー!」

「その程度か!ふんっ!」

なぜここの方々は味方同士で戦闘を繰り広げているのでしょうかね。
シャム・メルルーサさんと天刹院晶真(てんさついん しょうま)さんでしたか。
強い奴を見つけて我慢できなくなったシャムさんが天刹院さんに飛び掛って――とか、
どうしてこうなったか、言語化しても無意味なくらい勢いのみでこの状況になりましたよね。
さすが戦闘破壊学園の異名を持つ場所、で片付けて良いのでしょうか。

「わあー!あの猫さん凄い速い身のこなし!」

ご主人様、あまり近付いてはいけませんよ。巻き込まれてしまいます。

「おおー!あんな斧を軽々と扱ってる!」

魔人同士の、それもどちらも攻撃的な魔人の格闘ですから見応えがあるのは分かりますが、
あんな風に無闇に格闘をしている方々をそんなきらきらとした目で見ているのもどうかと。

「凄いなー!」

……

「格好良いなー!」

ご主人様。私だってやろうと思えば結構なことができるのですよ。
私の能力の数々、応用技、それに複合技、ご覧に入れましょうか。

「わあ!社も凄いこと見せてくれるの?わーい!」

……はて、どうしてこんな流れに。

●その2
「そちらにはいませんでしたか?」

「は、はい。見つけられませんでした。お役に立てず申し訳ありません……」

いえ手伝ってもらって助かります、とにこやかに返すお嬢様。
今度は別の場所を探してみます、と若干気弱な風に応えるお嬢さん。
少し休憩しましょうか、と近くのベンチに腰をおろすお嬢様。
そうですね、と少し微笑みを浮かべてお嬢様の隣に坐るお嬢さん。

「ところで……本当にすぐに私の家に来なくてもいいんですか」

「……はい。私は番長グループのみなさんに良くしてもらっています。
 ……こんな私でも番長グループの一員ですから。
 その、確かに無くした記憶も気になりますけれど……ここを離れる訳にはいかないです!」

番長グループの逆砧(さかきぬた)れたいたぷたさんでしたね。
おどおどしているところもありますが、心根の優しい方のようで、人探しに協力的です。
話を聞いてみればなんでも記憶喪失で以前の自分のことをさっぱり覚えていないとか。
それを聞いたお嬢様がいたく心配しまして、沢山の魔人能力があり、
治療の可能性がある場所、つまり屋敷への転送を申し出たりと親身になっている訳ですが……

「それにしても呪い、ですか」

「はい……その、『お前は危険』だとか……」

「あ!もしかしてキスで呪いが解けるとか!」

「えぅっ!?あ、え、き、キス……ですか」

「そ……そんなに恥ずかしがられますと……お、思わず言ってしまった私も……」

「あ、あぅ……す、すみません」

何やら随分と微笑ましい光景を見せてくれるじゃないですか。
なんでしょうね。その肩の触れ合いそうな距離での会話といい、内容といい……

「あ、あと『鍵は名前にかけておいた』とも……」

「名前ですか……えーと、さかきぬた……漢字はこれで?」

「はい。れたいたぷたは全てひらがなです」

「逆さ……砧……れたいたぷた……んん?」

「何か……分かりましたか?」

「えーっと、れ・い……えーっと……」

「どうか……しました?あの、大丈夫ですか?お顔が少し赤く……」

「だ、大丈夫です!……いえ、その、名前ですか!何なんでしょうね!」

「本当に何なのでしょう……」

本当に何なのでしょう。笑いあったり、顔を赤らめあったり、見ているこちらとしては……
すごく、もどかしいです。



全く、何なのでしょうね。この気持ちは……。

直心?

●その1
結局、お嬢様をこちらにも転送するにあたってお目付け役に詳しく調べてもらいましたが……
「ゆとり粒子」は魔人能力の産物だったわけですね。しかも能力者は死亡済み、と。
最近まで平和だった希望崎学園もその人物の死後に治安が悪化、ハルマゲドンに至る、と。
粒子の密度も日を追って低下しているそうで、集めても役には立たないのでしょうかね。
まあ、折角ここまで来て、抗争にも巻き込まれた訳ですし、
それにどうやら問題の能力者の残留思念も漂っていますから、そこに呼びかけて、
出来る限り集めてみましょうかね。

「社?どうしたの?」

ああ、ご主人様。少々、当初の目的が果たせそうにない状況になりまして……。

「私を護るための能力探し、だったっけ?」

しかしご安心ください。例え今回は目的の物が見つからずとも、
ご主人様の身を護るという私の最大の目的は常に完遂致しますので。

「うん、ありがとう。頼りにしてるよ」

私はご主人様のために、いつでも己が使命を100%果たして見せます。
それにご主人様がご自身の目的を果たされるとき――
当然、ご主人様ならお一人で全て目的を果たされるでしょうが――
私はそこにもう1%助力して、完璧のさらに1歩先まで、ご主人様を運んでみせます。

「100%のその先かぁ。ね!
 それじゃあ、オウワシもいつも一緒だから、私はいつでも100%の二歩先が見られるね」

む……まあ、確かにあの鳥も……オウワシも私に欠けるものを補っておりますからね。
そうですね。私と、オウワシと、いつでもご主人様をお助け致しますよ。

「ありがとう!
 あ!今回はそれに一ちゃんと、もう一人の女の子も護ってね!」

そうですね、そちらも出来る限り善処致しましょう。
――ご主人様のお体だけでなく、その笑顔も護れてこその私ですからね。

●その2
「うーん、じゃあこうしましょう。代わりに、あなたの能力を見せてください!」

「えっ。でも私の能力は、人に対して使わないとあんまり意味が……」

ご主人様……人型の私が近くにいなくとも根付の私はちゃんと待機しているのですから、
そんなに危ないことはさせられませんよ。お帰りいただきますからね。

「(そんな!お願い!危なくないって逆砧さんも言ってますし!)」

ご主人様が生徒会室の面々に混じって行動しているところは、
恐らく番長グループの方々に知られているでしょうし、危険度が高いです。

「(でも!まだ見ぬ魔人能力が!目の前にあるのに!)」

逆砧さんとは抗争が決着した後にでもゆっくりと能力を見せてもらえばいいじゃないですか。

「(私には……待つこと……なんて)」

……
ご主人様の笑顔を曇らせる訳には……参りました。
例え危険な目に遭われても、フォローはしっかりとさせていただきます。

「(……ありがとう)」

いえいえ。


―――


「す、すごい! 私いま、ドラゴンですよ! 宇宙からやって来たんです!
 むむむ胸はその、あんまりないですけど機械で出来ていて、相撲も得意なんです!
 斧さえあれば無敵のニンジャでもあるんですから実際強い!
 ああ……お姉ちゃん、かわいいっ! か、勝手に手が、ヒャッハァー!
 ご主人様! 金ならいくらでも出すからちょっと襲わせやがれー、うわわわわ!」

止めれば良かった!全力で止めれば良かった!
ぐ……しかしお嬢様が活き活きしているのもまた事実!危険も確かにないようですし……
ぐぐ……止めたいですが……しかし……お嬢様の笑顔のために……
ぐぐぐ……ああ、そんなにもつれ合ってしまわれては……そろそろ我慢の限界が……

「ちょおおおっとまったあああぁぁぁーーー!!!」

ああ!そこの鳥!オウワシ!私がお嬢様の気持ちを汲んで耐えていたところに!
何を颯爽と駆けつけて、というか急降下して乱入しているんですか!
その行動見過ごせませんよ!

お嬢様の窮地を一番に助けるのはこの私です!


―――


すったもんだとはこのことですね。
なんとか先程の場は治まりましたが……。

まったく……私の心はとても収まりそうにありませんね。

下心?

●その1
「くっはー!さみー!にゃー!」

「それでしたらもう少し厚着をしては……」

「なにをー!馬鹿言ってんじゃねーよ!そんなことしたら動きにくいだろーが!」

「ああ……お気持ちはわかります」

シャムさん、猫なのにこの寒い時期に薄着でずいぶんと元気ですね。
まあお嬢様も和装でなければ動きやすさ重視の服装でいることが多いですけれど……
しかし流石にシャムさんの服装はもう少し……こう……節操といいますか……

「おっ!話がわかるじゃねーか!そんならお前もそんなひらひらしたもの脱いじまえよ!」

「あ、いえ、これは防御力重視といいますか、実用的理由がありまして……」

ご主人様。駄目ですよ。衣服の私を纏っていただいたのは危険を少しでも減らすためです。
それは駆けっこや跳ね回るのには不便な服装かもしれませんが、我慢してくださいね。

「あー?その服着てなきゃなんねーの?」

「はい。この服が私を護ってくれているんです」

「ならよ!裾とか袖とか切っちまえよ!まあ大体残ってりゃ問題ねーだろ?」

「うーん……言われてみればたしかに……」

ご主人様!駄目!絶対!そもそも丈の短い和装はご主人様だって好みじゃないでしょう?
それにそんな格好になっては節操がないです!動きやすさも大事でしょうが見目も大事です!

「なんなら俺が爪で切ってやろーか?」

「あ、いえ、やっぱり服装はこのままでいいですので。お気持ちだけいただいておきます」

……思い止まっていただけてなによりです。
まったく、裾や袖を切るだなどと……

そんなことをされては私がお嬢様の肌に触れられる箇所が減ってしまうではないですか。

●その2
ガリガリガガガガリガリギャギャギャ……

甲高い掘削音と舞い散る火花。
お嬢様が愛用の鋼鉄製メモになにやら走り書きをしていますね。

ガリガリガガガガリガリギャギャギャ……

よしと一声、作業を終えて、火花から目を保護するために掛けている伊達眼鏡を外し、
これまた火花から鼻や口を保護するために深々と巻いていたマフラーを外し、
人型の私に向かってこれをお願いと、先程まで削っていたメモ板を差し出すお嬢様。

「これ……逆砧さんのところに届けてくれる?」

おや、また逆砧さんですか。
もちろんお引き受けしますが、これは……なるほど、名前の謎解きのヒントですか。
ご主人様……ご自分で直接伝えるのが恥ずかしいのですね。

「う……」

何某かの呪いを掛けられるということは、解呪したら危険が及ぶかもしれませんし、
それにそこまで義理立てするほどの間柄というわけでもないでしょう。
呪いを解く術は幾通りもあるでしょうし、これを伝えて呪いが解ける保障もありません。
伝えるのが恥ずかしいのなら尚更考え物です。それでも、これを届けて宜しいのでしょうか。

「うん……解けなかったらまた何か考えればいいし……
 今のところ名前にヒントがあるっていうなら、『それ』がまず試すことだろうし……」

ご主人様はお優しい。
……それでは行ってまいりますね。


―――


「えっ、ええと、これを……私に?ド、ドーモ」

私から差し出された鉄板を前に困惑する逆砧さん。
受け取った板を見てこれは何かと困っていますね。
まあ、一目でそれがメモだと分かる人も少ないでしょう。

「あ……星座が掘り込まれてる……綺麗」

お嬢様の趣味でメモには一枚一枚星座の意匠が施されていますからね。
……まあ、それ、裏面なのですが。

「おーい、鍋が出来たぞ。逆砧、一緒に食べようではないか」

そこにやってきたのは巫女装束のお嬢さん。番長グループの方でしょうね。

「お、なんじゃ?鍋敷きとは用意が良いのう。机に置いてくれ」

「えっ?あ、はい!ちょっと待ってください三五さん!
 ……あ、あの、夢追さんに綺麗なコースターをありがとうって伝えてください!」

……まあ、うっかり藪を突いて蛇を出すような真似も控えたほうが良いですね。はい。
食事が終わればメモの裏面にも気付くでしょうし、私はこれで退散といたしましょう。
これは危機管理であってそれ以外の他意はない行動ですね。危機管理、危機管理、と。
逆砧さんが初対面にしては妙に素早く仲良くなったとか、
初対面から妙にお嬢様とのスキンシップが多いとか……全くもって危険ですね。

神心

さて、そろそろハルマゲドンも開戦ですね。
計画通り「ゆとり粒子」も100%集めることが出来ましたし、
後は流れに身を任せて、一さんやもう一人のお嬢さんを戦禍から護れば万事終了ですね。
「ゆとり粒子」の効果で能力を万全には使えませんが、まあそれなりに立ち回りましょう。

「そういえば社の持ってるその袋、武器って言ってたけど、何で石炭が入っているの?
 その体って全部普通の炭、というか木炭だよね?」

こちらは熱して投擲するためですよ。木炭よりも硬いですからね。

「ふーん……ふふ……石炭袋かぁ……コールサック……南十字星のすぐ脇だね」

ああ、星座でしたか。そういえばそんな名前の星があるんでしたね。
ご主人様は初めてお会いした頃からずっと星空を眺めるのがお好きでしたね。

「星座というか暗黒星雲……うん、星空って綺麗だし素敵だよね」

そうやって空を眺めるご主人様の方が私には魅力的ですがね。

「わぁ!は、恥ずかしいよ」

恥ずかしいと言われましてもそれが私の偽りない心ですので。
……ああ、そのような表情をされても可愛らしいとしか思えませんよ。
からかってなどいませんから。
さあ、ご主人様。それではそろそろお屋敷に帰る時間ですよ。
これからここは戦場になるのですから。後は私にまかせてください。

「うん……。社の心配はないけれど……一ちゃんのこと、よろしくね」

はい。出来る限り善処致します。


―――


さてさて、お嬢様にもお帰りいただいて、これで戦闘に集中できるというもの。
……いえ、駄目ですね。どうにもここのところお嬢様の事で気が乱れています。

母屋は200年、土蔵も200年、囲う塀は1000年を軽く超え、
土地にいたっては遥か太古から意思を持って生きてきたというのに……

母屋に能力を与えた、人ならざる者との恋に生きたお嬢さん……
土蔵に能力を与えた、魔人を喰らう食人鬼……
塀に能力を与えた、孤独と栄華の中に生きた貴族……
土地の上を歩いた、数限りない人々……

百の生を迎え入れ、万の死を見送り……その全てを己の心と成し。

最早何に心揺すられることもなく、静かに流れる時のなかを過ごすかと思っていたのに。
お嬢様はそのような私の心をたった数年で激しく揺さぶってくださいました。
奇跡を起こす能力者……夢追中お嬢様。
正しく、八千代の時を生きた私に刺激的な日常を与えるという奇跡を齎してくださいました。
私と言葉を交わすという奇跡も平然と起こしてくださいました。
お嬢様は私にとってこれまでにない、かけがえのない、存在です。

だからこそ……

星空の好きなお嬢様……出会った頃から変わらないと思っていましたが……
気付けば、背も伸びられて、人ならば当たり前ですが、成長なされて……
その事実に気付いてしまっては……この気持ちを……抑え難い……

いつまでも子供のように見守りたい心と
いつまでも面倒をみたい心と
誰よりも良いところを見せたい心と
誰よりも私を見て欲しいという心と
その望みを叶えたいと思う心と
その願いを助けたいと思う心と
何よりも傍にいたいと欲する心と
何ものもお嬢様に近づけたくないと欲する心と

私の心は千々に乱され、治まりません。
人であるお嬢様。
人は後80年も生きられるかどうかという存在。
ましてお嬢様はその10分の1も生きられるかどうか。

……

この「ゆとり粒子」を作り出した魔人はなんとも心優しい人物だったようですね。
死後もその思念をこの学園に残し、争いを抑えようと……死してなお……。

……

この抗争に決着がついたら、古い神社を探しましょう。
誰からも忘れられ、住まう神も居ない、住まう神を求める神社を。
私の中に、屋敷の中に、私の神を祭るための社を建てましょう。
お嬢様を神と成して、私と共に……永く……永く……ひとつとなって。

お嬢様はそれを望まれるでしょうか。

申し訳ありません。夢追中お嬢様。
人ならざる身の私は、やはり人の身には負えぬ望みを抱いてしまうもの。

申し訳ありません。夢追中お嬢様。
それでも私は希って止まないのです。

これが私の偽らざる……

八つに裂けた、百と萬の秘心。