ひっきりなしに自動車が走る交差点。その向こうに並ぶ背の高い建物達。
大きな街頭スクリーンは何やら大声で新商品の宣伝をしている。
目線を戻せば混み合う人、人、人……。
ザワザワと鳴る喧騒に耳を傾ければ、やはり誰も彼もがここで待ち合わせらしい。
人波の中、腕時計をしている人を探してその盤面を流し見れば、時刻は午前9時55分。

――つまり、私の待ち合わせ時間の五分前ということですね。
気取って景色を眺めていないで、そろそろ待ち合わせ相手を探しましょうか。

私、夢追中は現在、絶賛待ち合わせ中です。
待ち合わせの相手は埴井ホーネットさん。
待ち合わせの目的は一緒にソフトクリームを食べること。

もう少し詳しく説明しますと、
何でもこの辺りにあるアイス屋さんで、近頃『はちみつソフト』なる商品が話題なのだとか。
その話を聞きつけたホーネットさんが、ご自身の養蜂場の新企画に使えるかもしれないし、
敵情視察しに行きましょう!と私を誘ってくれたのが昨日のこと。
それに対して喜んでと私が二つ返事をしたのも当然昨日のこと。
そうして今日に至りました、という訳です。

幸いにも天気は良いですし、今日は素敵な一日になりそうな予感がしますね。

さて、もうすぐ待ち合わせの時間。
あの子は時間に遅れるような人ではないですし、多分もう近くに来ているでしょう。

んー……

と、人混みのざわめきに混じって聞き慣れた羽音。どうやら来たようですね。
おや?羽音が近付いたと思ったら首筋にこそばゆい感触。
そのまま肌の上をさらさらと撫でるように動いて、目標を定めたように止まると……って、

「ひゃあっ!」

いきなりのむず痒いような、くすぐったいような、甘い刺激。
思わず変な声が漏れちゃいましたよ!
首筋にそっと手を伸ばし、そんな不意打ちをした実行犯を優しく摘み上げてみれば、
まあ当然、よく見知った蜂さんですね。突然首筋を刺すなんてひどいです。
くるりと振り向けば、にこにこ顔でこちらに手を振る主犯。
いきなりこんなことをしてくれて、どうしてくれようかと睨みつけてやりましょう。
……あ、駄目ですね。頬がどうしても緩んじゃうのが自覚できます。
私の顔も、大概素直過ぎますね。

「夢追さん、お待たせしましたー」

眩しい笑顔でやってきた、私の待ち合わせ相手。

「おはよう、ホーネットちゃん」

こちらも最大級の笑顔でお迎えします。
蜂を愛し、蜂に愛される少女、埴井ホーネット。
私の首筋を刺した蜂さんを呼び戻し、
今日の空模様と同じ澄み渡った笑顔をこちらに向けて元気良く一言。

「それじゃあ、行きましょう!」

どちらからともなく、自然と伸びる手と手。
その手の甲は相手の方を向いて。その掌は自分の方を向いて。
交差するように握り合わされる暖かな感触。

本日は快晴。風も穏やかで絶好の散歩日和。
二人の少女はこうして並び歩き、雑踏を抜けていくのであった、なんてね。


***


まあ、とは言っても朝からソフトクリームという訳にも行きません。
お楽しみはお昼御飯の後に取っておいて、
まずはぶらぶらと街を散策してウインドウショッピングと洒落込みます。

左に右にと緩くカーブする坂を上りながら、立ち並ぶショーウインドウを観賞。
煌びやかな服やバッグ、アクセサリーに目を輝かせるホーネットさん。可愛らしいですね。

「わぁ!これ綺麗ですねー!」

普段は養蜂場のことか蜂のことかアレのことばかり気にして生活してますけれど、
こんなところはごく普通の女の子の感性なんですよね。意外と思う人も多そうですが。

「こ、この白いワンピース……可愛いっ!」

私はそんなホーネットさんをじっくり観賞しつつ、しっかりとホーネットさんの背後、
つまり坂の下側の位置をキープします。
しばらくはうきうきとディスプレイ商品を眺めていたホーネットさんでしたが、
手をつないでいる以上、私があまり後ろにいると歩きにくいですからね。

「夢追さん?なんでそんな後ろを歩くんですか?」

とうとう質問されちゃいました。
うーむ、どうしましょう。
……なんて悩んでホーネットさんを待たせてはいけません。
質問されちゃったからには答えない訳にはいかないですよね。
ちょっと恥ずかしいですが言ってしまいましょう。

「だって……他の人に見せたくないから」

今日も当然ぱんつを履いていないホーネットさん。
もうちょっとスカートの丈を長くしてくれてもいいんじゃないでしょうか。
私の言わんとしたことが伝わったようで、
ちょっと熱を帯びてしまった私の顔をホーネットさんが見つめ返してきました。

「夢追さん……っ!」

頬を染めるホーネットさん。色っぽいですね。
と言いますか、艶っぽいですね。
私を見つめる目がうるうると潤んでいるものだから、くらっときちゃいますよ。

「ぅ……んぁ……っ!」

乱れる息遣いも艶かし……
いや、これは……潤んでいるのは目というより……

「えーっと……」

通りを見渡せば、街路樹の向こうにカラオケの看板を発見。
声を出すにはちょうど良い場所ですね。

「あの、夢追さん……」

体を寄せて、ひそひそ話をしてくるホーネットさん。
耳たぶに息がかかってくすぐったいです。分かっていますよ。

「あのカラオケでどう?」

「はいっ!」

自動車の流れを見計らって通りを渡る私達二人。
その背中をガラス越しに見送る純白のワンピース。
思えば純白の――ティッシュ製ですけど――ワンピースが、
私とホーネットさんを結びつけるきっかけとなったとも言えるんですよね。
当時は恥ずかしくて、今では懐かしい事件、そんなところでしょうか。
ふふふ、ワンピースさん。ありがとう。


***


カラオケでしっかり声を出した後は、イタリアンを提供するファミリーレストランで昼食。
私はドリアを、ホーネットちゃんはカルボナーラを注文。
ドリンクバーで適当なミックスジュースなんかを作って遊びつつ、お喋りに花を咲かせます。
因みに私がホーネットさんのメロンソーダにオレンジジュース混ぜてやったら、
お返しに私の紅茶に烏龍茶混ぜられました。ぐぅ……。

「だから鍼が刺さるとそこに治療部隊が出動するらしくて」

「ふんふん」

「それで、その治療部隊が患部を通過するように導いてやれば悪いところが治る、と」

「はぁーなるほどーすごいですねー」

話の内容なんて無い様なものですけれど、こういうのは盛り上がりさえすればいいですから。
本日の話題は鍼治療の仕組み。……どうしてこんな話題になったんでしょうね。
口をぽかーんと開けて感心するホーネットさん。グッときますね。

「もしかしてホーネットちゃんの蜂さん達もそういった技術を応用してたり?」

「えっ!?いえ、こう、本能の赴くままに気持ち良いところを探していって……」

「経験に則って?」

話題はぽんぽん移り変わりますけれど、お喋りってそういうものですよね。
気付けば随分とぴんく色の話になってきちゃいました。
とろりと蕩けた表情で蜂さん達との調教の日々を語るホーネットさん。そそりますね。
やっぱりホーネットさんはソッチの話になると断然活き活きとして……

「それでみなさんどんどん上手になって……こう……あぁっ……ぅん……っ!」

「ちょっ!?」

って、まずいですね!もう蜂さん達の賢者タイムが終了しちゃいましたか!
希望崎学園内や変態が丘ならいざしらず、
普通の街中でことを始めてしまったら魔人警察のご厄介になっちゃいますよ!
でも確かホーネットさんって見られながらもお好きなんでしたっけ。
……師匠が口利きしてなんとか……いやいや、それはさすがにまずい。
早急にいい案配の場所を……って、ホーネットさん?私の手を引っ張って何処へ……まさか、

「夢追さんっ!ちょっとお手洗いに……っ!」

「へぇっ!?あ、え、いや、あの……それはちょっとムードに欠けるというか……」

嫌な予感的中!?
それはちょっと場所的にどうかと……音漏れの心配とか……
なんて考えている内に気付けば同じ個室の中っと。実に素早い行動でした。

「はぁ……狭い個室に二人で一緒に……」

人が二人入ることを想定されていない窮屈な空間で、私の胸に身を寄せるホーネットさん。
もう我慢の限界といった状態らしいですね。
こうなっては私もムードとか言っていないで覚悟を決めるしか……
といいますかホーネットさん?もしかして、むしろ……

「はあ、んっ……ふふっ、こういう場所って……興奮しませんか?」

「やっぱりー!?」

お互いの人差し指にしばらく歯形が残っちゃいました、まる。


***


平和なランチタイムを終えたら、いよいよ本日のメインイベントを目指して出発。
先ほどとは別の坂を上って、ちょうど上り切ったあたりの右手に問題のお店がある、と。

「ホーネットちゃんの指って蜂蜜の味がするよね」

「ふぁっ!?な、何を言っているんですかっ!」

「えへへ、なんだかもうデザート食べちゃった気分だよ」

「も、もうっ!からかわないでくださいっ!」

道すがらもお喋りの花は咲き続けます。
ホーネットさんはやること大胆なのに、妙なところで初心なんですよね。
なんだか大切なステップを三つくらいぶっとばしてるとでも言った感じです。
……そこがまた可愛らしいんですけど。

「えへへ」

「どうしました?」

「なんでもー」

握る手に力を込めて、嬉しさをアピールします。
ホーネットさんも笑って、その手を握り返してくれます。
ああ、いい気持ち……なんてぽーっとしている場合じゃないですね。
正面から歩いてくる通行人の邪魔に……

「「あっ」」

前から来た人を避けようと、私は左に、ホーネットさんは右に回避行動。
つながれた手でとおせんぼを続ける訳にもいきませんので、
しぶしぶ互いに手を離して通行人を通します。

「あー……」

「あの……」

通行人はすぐにいなくなりますが、微妙にいたたまれないこの空気は残ったまま。
ちょこっと気まずそうに相手の目をちらりと見やって……

「えへへ」

「ん……」

それでもやっぱり手をつなぎ。
まだまだ異体同心とはいきませんけれど……

「いこっか」

「行きましょう」

それでも一緒に歩いていきます。


***


――『はちみつソフト 400円』――

「むむっ!このクリームはかなり濃厚な味加減……っ!これで蜂蜜の癖を抑えて……」

「おいしーねー」

本日の目的地、件のアイス屋さんに到着しました。
早速注文したはちみつソフトですが、なかなかの味わいですね。
私は気楽に食べるだけですけれど、ホーネットさんは真剣な表情で味わっています。

「……でも逆に蜂蜜の癖を抑えれば爽やかながら一本筋の通った味のアイスが……」

今まさにホーネットさんの頭の中では養蜂場の新商品に関するアイディアが、
産まれては消え、消えては産まれていることでしょう。
自分の養蜂場、埴井養蜂場を世界一にする。
そんな夢に向かっていつも全力で前向きなホーネットさん。
こういう時のホーネットさんのきりっとした顔、力強い眼差しは格別ですね。
普段はぽやっとしているのに、こんなときは格好良くって……
私はホーネットさんのこの表情に惹かれて――

――

あの日、私はホーネットさんに調教されて――
この体に、蜂の針と、ホーネットさんの蜜の味を覚え込まされて――
もう、体がどうしようもなくホーネットさんのものになってしまって――
ある日ふらふらと埴井養蜂場へ入り込み――
そこでホーネットさんのこの表情を見て――
気付けば、心もホーネットさんのものになっていた――

――

普段はぽやっとしているのに、こんなときは格好良くって……ずるいです。
私はホーネットさんのこの表情に惹かれて、今、ここにいるのです。

「えいっ!」

「ああっ!?」

ホーネットさんのアイスをプラスチックのスプーンでひとすくい。

「んーおいし♪」

「ずるいですよー!」

口の中に広がる濃厚なクリームと、蜂蜜の味。
美味しいけれど、でも、やっぱり。

「ひそひそ(ホーネットちゃんの蜂蜜のほうが美味しいね)」

「……っ!」

私の言葉にもじもじしながら視線をちらりと投げかけるホーネットさん。
もしかして誘ってます?
……あ、

「アイス、垂れちゃうよ」

「ああっ!」

指についたアイスを慌てて舐めるホーネットさん。
美味しい光景ですね。ごちそうさまです。
凛々しい顔と、可愛らしい顔と。
ホーネットさんは飽きさせませんね。

「……んっ!そうです!」

指についたアイスを舐めつつ、何やらひらめいた様子。
うーん、格好良い。そして可愛い。

「そう……そこに私の蜜を混ぜれば……あぁっ……それでっ……ぅんっ!」

まあアッチ系の蕩けた顔もやっぱり魅力的ですけれど……って、

「ああぁっ!ああっ!そうですっ!いいですっ!!」

「ちょっ……」

指舐めて何想像したんですか!
まあ、本日二度目のカラオケ入りとなりました。
結論――どの顔も最高。


***


その後――
クレーンゲームでぬいぐるみをゲットしたり、
太鼓型のゲームで一緒に曲を演奏したり、
写真機で記念写真を撮ったり、
その中でちょっと盛り上がっちゃったり、
楽しいときは瞬く間に過ぎて。

「今日は付き合ってくれてありがとうございました」

「えへへ、こちらこそ楽しかったよ」

もう夜の帳が降りてしまいました。
名残惜しいですが、魔人といえども私達はまだ高校生。
帰宅の時間は早いのです。

「あの……夢追さん……」

「なーに?」

なかなか帰る踏ん切りがつかないでいたら、ホーネットさんが何やら思い詰めた様子。
どうしたんでしょう。

「今日のって……い、いわゆる、デート、ですよね?」

「ぶふぉっ!」

なんてことを仰りますか!
いや、まあ、そう思わないこともなかったですけど。
改めて言われてしまうと……やっぱり恥ずかしいですね。

……

いえ、と言うか嬉しいです。
ホーネットさんもそんな風に思っていてくれたなんて。
正直、このところはいつも押すのは私ばかりで、ホーネットさんが私をどう思っているのか、
ちょっと、いやかなり気になってました。
一緒に買い物して、食事して、ときにはくだらない悪戯をしあって……
でも、とっさに同じ方向へ動けるほど、通じ合ってはいませんし。
アレコレやってはいますけど、それもホーネットさんが街中を歩くために必要だから……
常時トリップ状態でいては魔人警察に捕まってしまうために、
定期的に蜂さん達を賢者モードにしておくための手続きみたいなもの……
そんなものかもしれないって、考えたくなくても、そんな思いが頭をよぎっていました。

「その……きょ、今日は素敵な一日でしたっ!」

でも、顔を真っ赤にして、おろおろしながら、それでもしっかりとこんな言葉を私にくれる、
そんなホーネットさんを見ていたら、私って馬鹿だったなって、思えました。

「わ、私は、蜂さんや触手さんとはあれもこれもやってきましたけれど、
 人間の女の子と……その……ちゃんと付き合ったことがなくて……
 だから……う、嬉しかったですっ!」

……
わー……
どうしましょう……
照れます。物凄い照れます。
私の顔、今、すっごくデレてそうですね。
今日は最高の一日でしたよ!

「そ……それで……」

ん?

「で、デートの最後といったら……やっぱり……」

前言撤回。
今日は最高の一日でした?いやいや。
これから!いままさに!本当の最高の瞬間を迎えることになりそうです!

「お別れの……き、きす……」

顔どころか耳まで真っ赤にしちゃってああもう可愛いですね!
遠慮なんて星空の向こう側まで蹴っ飛ばして全力でやらせてもらいますよ!

「喜んで!」

喜んでその唇を――

「ち、違うんですっ!」

「えっ」

え――違う?
え、あの、この滾る気持ちをどうしろと……

「あ、あのっ!今日こそっ!今日こそは私からっ!」

「あ……」

あー、理解できました。
うわ、理解できた途端にまた頬が緩んで緩んで仕方ないです。
そうですね。これまで、キスといったら私からしてましたから。
こういうことには私に一日の長がーなんてホーネットさん以前言ってましたけど、

――

「もっと……もっと……蜂蜜……ちょうだい……」

「ごめんなさい、夢追さん。もう蜂蜜はなくなっちゃいました。
 でもご安心を!みなさんが今からこれまで以上の快楽を夢追さんの体に――」

「蜜……ないなら……直接……」

「えっ、きゃあっ!……あ、あの、夢追さん……っ!?」

「いただきます……」

「や……まって……あ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーー!!!!!!!」

――

……うん。
……何というか。
あれ以来、攻守逆転したといいますかなんといいますか。
少なくともキスは私からになってましたね。

と言うよりも。
そもそもホーネットさん、ご本人が先ほど言ったように、対人間は経験不足ですよね。
私、ホーネットさんに調教されて以来、ソッチ系の情報しっかり勉強しましたから分かります。
にわか仕込みの私でも分かるくらいにホーネットさんは……まあ。

初めてホーネットさんからキスをしようとしたときは――
勢い余っておでことおでこがこんにちはしましたからね。

次にホーネットさんからキスをしようとしたときは――
やっぱり勢い余ってお互いの歯がぶつかって、一緒に唇を切っちゃいましたからね。

まあそんなほほえましいあれやこれやがありましたけれど。
今度こそはそれらを乗り越えて。
今日こそは、と。
つまりは、

「こ、今度こそはっ!ゆっくりとっ!」

「三度目の正直?」

「はいっ!」

「……えへへ」

もう、頬は緩みっぱなしで構わないですよね。
自分で自分の頬が赤くなっているだろうことが分かります。あっついです。

「め、目を瞑ってもらえますかっ!?」

「ん……」

緊張でぷるぷる震えるホーネットさんのお願い、断る理由などありません。
目を閉じて、早鐘のように鳴る胸を抑えて、そっと唇を前に出します。
ホーネットさんが意を決して、ゆっくりと、今回こそはゆっくりと近付いてくるのが分かります。
そのまま、私の顔とホーネットさんの顔が重なり――


ふにっ……


柔らかい感触が……


……


えーと……


柔らかい感触が私の鼻に……


「ホーネットさん?」

目を開けてみると、まあ、予想通りと言いますか、
唇より先にうっかり鼻同士をくっつけてしまったホーネットさんの真っ赤なお顔。
そうですよね。鼻は顔の中で一番出っ張っている場所ですからね。
キスのときは軽く角度をつけてやらないといけませんよね。はい。

「……うぅーーーっ!!!」

予想外の事態が恥ずかしかったのでしょうか、今回もまたうっかりしてしまったことが悔しかったのでしょうか。
私を見つめる目にみるみる涙が溜まり、肩を震わせて……なんて見ている場合じゃない!

「おっと」

「んむっ!!!」

今日という日は最高の一日。
ここで泣かせるなんて、そんな結末があっていい訳ないでしょう。

「……ん……今日はありがとう」

「……はい」

「とっても楽しかったよ」

「……うぅ、はい」

「それに、次の楽しみもできたしね」

「……うぅ、ぐすっ……はいっ!」

ゆっくりと重なる二つの人影。
季節はもうすぐクリスマス。
街のイルミネーションがきらきらと私達を祝福していた。





――――――

――――

――





「――はぅあっ!?」

がばり!と身を起こしたホーネットは慌てて周囲を見渡し、そこが見慣れた自分の部屋であることを認識した。

「ブーン(どうしたの?)」「ブブーン(大丈夫?)」

「姐さん!どうしました!?」

突然の奇声と共に目覚めた主人を気遣い、ホーネットの相棒である蜂達と触手達がベッドの周りに集まり、優しげな声を掛けてくる。

「な、なんでもありませんっ!大丈夫ですよっ!」

慌てて笑顔を返しながら、しかしてホーネットは先程まで見ていた夢に思いを馳せた。
かつて変態が丘の抗争でほんのひとときだけ見た夢に似た――甘酸っぱい夢。

いけないいけない――ホーネットは両手で自分の頬をぴしゃりと叩き気合を入れた。
こんな夢を見る時、それすなわちあの時と同じように己の「変態」力が衰えている時である。
先日の調教失敗がどうした!そんなことでへこたれるなホーネット!

「ちょっと欲求不満気味の夢を見てしまっただけです!」

己に喝を入れ、ホーネットは元気良くベッドから飛び降りた。
さあ、今日も一日、元気にいきましょう!――ホーネットは心を熱く燃え上がらせた。

「――という訳で、みなさん!早速……」

当然、燃え上がったのは心だけではない。

「ブーン!(朝から)」「ブブーン!(やっちゃう?)」

「さすが姐さん!熱いっす!」


埴井養蜂場の熱い一日がこうして幕を開けた。


「あぁっ!みなさんっ!あっ、激しいっ!!ひゃあーーーん!!」


良く晴れた青空の下、今日も埴井養蜂場のみんなは仲良しです。




『ファースト・デート・イン・マイ・ドリーム』<終>