「それでは……葦菜ちゃんと歌琴さんのアイドルユニット結成を祝して」
「「「かんぱーい!」」」
カチンと小気味好い音が響く。
銘々が手に持つグラスを呷り、その表情に華を咲かせた。
ここはとあるレストラン。
名物料理は子牛のシチュー。
埴井葦菜、歌琴みらい、夢迫中の三人は、今日という日のお祝いにこの店へやってきていた。
話は少し前にさかのぼる――
埴井葦菜、歌琴みらいの二人でユニットを結成する、という企画が悪鬼悖屋Sucieの口からもたらされ、それは葦菜とみらいと、双方共に衝撃でもって受け入れられた。
今でこそ仲の良い友人として付き合う二人であったが、以前は仕事の獲り合いが原因で反目しあっていた――みらいが一方的に敵視していただけだが――関係である。
アイドルとして既にある程度の認知度を誇る二人が組めば世間の注目は間違いなく集まる。ビジネスで考えるならば美味い話だ。だがビジネスと個人の感情は別物だ。
いかにプライベートで仲良く振舞おうと、はたしてあの時の確執の原因である仕事を前にしてもその親交を保てるだろうかと、そう互いに考えたから……ではない。
葦菜にとってみらいはアイドル業界で初めてできた友人であった。
みらいにとって葦菜は超えるべき目標であり自身の夢であった。
友人と共に仕事ができる、あるいは夢の舞台で仕事ができる。
要するに――二人とも大喜びでその企画を受けたのであった。
こうして新たなアイドルユニットの誕生に喜び、はしゃいでいた二人であったが、その元へ知らせを聞いてお祝いにやってきたのが夢迫である。
おめでとうございます、ありがとう、お祝いをしないと、せっかくだから気分を変えて何かできないかな、それじゃあお昼に美味しいものでも食べに行きましょう、そんなやり取りが三人の間で姦しく進められ、その結果、夢迫お勧めのレストランへと皆で向かうことになった。
フランスの民家を移築したというその建物は小振りながら小洒落た外観で、赤いレンガ造りの塀に小さい鉄の門扉、色とりどりの花を咲かせた鉢植えが玄関口まで並び、ところどころに立てられた柵にはツタが絡まっている。
カラリカラリとドアにつけられた鈴を鳴らしながら店内に入ると、三人はアンティークの小物達が飾られたレジの脇を抜け、ワイン樽で仕切られたいかにも趣きのある席へと通された。
葦菜もみらいもこのような雰囲気の店で食事したことなどなかったため、夢迫が何やら注文している間中、ランプを模った照明や、邪魔にならない程度に壁際に飾られているアンティークを眺めては目を輝かし、どんな料理が出てくるのかと期待に胸を膨らませた。
こうして冒頭の乾杯へとシーンは移る――
「ここはフランスの郷土料理をお洒落にアレンジしたものが気軽に食べられるお店なんですよ」
「ふーん……何だか凄い店内ねぇ……」
「葦菜ちゃん、きょろきょろし過ぎだよ」
「な、なによ!あんただってさっきからあっちこっち見てるじゃない!」
店の説明をする夢迫に、その話を聞きながらじゃれあう葦菜とみらい。
この光景を見て、かつてこの三人が時に命を賭して争いあっていたなどと誰が想像できようか。
そんな和やかな空気に包まれ、このまま楽しくランチタイムが過ぎるかに思われたが――
「――ん?社?」
「どうしたのよ?」
「何かあったの?」
「あ、葦菜ちゃん、歌琴さん、ごめんなさい!ちょっとSPさんに呼び出されたんで、席を外します!私のことは気にせずに料理を食べちゃっていてください!ちょっとしたら戻ってきます!」
料理はどんどん持ってきてもらうよう頼んでありますんでといい残し、夢迫は席を離れた。
残された葦菜とみらいの二人は、それでも浮かれた気分のままでいた。ランプ型の照明が灯る真っ白なテーブルクロスのかけられたテーブルの上にあるナプキンを目にするまでは。
「「……」」
二人ともほぼ同時に押し黙り、ナプキンをじっと見つめた。ちらりと隣に座る互いの様子を探りあう。そして相手が自分と同じ立場にあることを同時に理解した。
((これどうやって使うんだっけ?))
言葉を発せずとも、二人は通じ合った。
嗚呼、安らかなる時間とはなんと短く、儚く、消え行くものであろうか。
平和な歩みを止める落とし穴、その存在は、どうして直面するまで気付くことができないのであろうか。
かくして和楽の時は過ぎ去り、葦菜とみらいは見えざる寒風吹きすさぶ、荒涼の戦場へと投げ出されたのであった。
以降、そのレストランで起こった激闘について記された資料は現存していない。
それは葦菜とみらい、二人の名誉を守るための処置であったのか、理由すら定かではない。
ただ、その後、街の本屋でテーブルマナーに関する書籍を購入する二人の姿を見たという証言が人々の口から漏れ伝わるのみである。
――――――
――――
――
(ちょっと!あんた年上でしょ!これの使い方知らないの!?)
(私、歌と踊りの練習ばっかりしてたからそんなの分からないよ!葦菜ちゃんこそ知らないの!?だって家は殺し屋なんでしょ!ほら、パーティーに紛れるための訓練とか!)
(ドラマの見過ぎよ!あたしだって体術とかの訓練ばっかりでこんなこと習ってないわよ!)
(じゃあSucieさんにビジネスマナーとかは!?)
(似合わないこと練習するよりアイドル力磨けとか言われてそっち方面はまかせっきりだから知らないのよ!)
(何それ!営業しなくてもアイドルやっていけるなんて相変わらず妬ましい!)
(あたしのお株を奪ってるんじゃないわよ!)
(なんかちっちゃいお皿に色々盛られてきたよ!これ食べるの!?それともトッピング!?)
(あたしに聞かないでよ!)
(またちっちゃい入れ物がきたよ!これソース!?スープ!?)
(うるさいわね!)
(スプーンもちっちゃいからやっぱりソースかな?これをあれに浸けて食べればいいのかな?)
(待ちなさいよ!手元にあるスプーンは使わないの!?)
(ええー!?わからないよ!)
((早く来てくれ夢迫ーーー!!!))
***
「わ!?ごめんなさい!食べずに待っていてくれたんですか!?」
「うふふ……」
「あはは……」
「? それじゃあ一緒にいただきましょう!」
((あ……ナプキンってああやって使うんだ……))
「前菜も綺麗に盛られてますよねー」
((あ……これ前菜なんだ……))
「おぉ!このかぼちゃのスープ美味しい!」
((あ……あれスープだったんだ……))
「?」
「うふふ……美味しいわねー」
「あはは……そうだねー」
「??」
(やったわ!肉!肉よ!)
(食べ方が分かる!)
(勝った……あたし達、勝ったのよ!)
(やったね……やったね!葦菜ちゃん!)
「???」
***
「この間はごめんなさいっ!!!」
「別にいいわよ、あれはあれで美味しかったし」
「そうそう、それにいい社会勉強にもなったしね」
「うう……うっかりしていました……」
「まあ、やっぱりあたし達にはもっと気軽に楽しめる食事のほうが性に合うってこともわかったしね」
「そうだねー。やっぱり私達には『フランス料理!!』なんていうよりイタリアンとかそういう大衆向けーってやつのほうが肌に合うよね」
「あ、そうだ!それなら私の家に来てください!ちょっと美味しいパスタができるようになったんですよ私!」
「へぇー。あんた和食派じゃなかったっけ?」
「いやあ、以前、歌琴さんがパスタ料理が得意だと仰ってましたんで、私もちょっと勉強してみたんですよ」
「え、何よ。みらいって料理得意だったの?」
「え、ええと、うん、まあ、そこそこかなー……」
「あー……葦菜ちゃんは確か……」
「う、うるさい!何よみんな料理なんてできちゃって!妬ましいったらありゃしない!」
「「あ、まずい」」
「あんたたち!やっちゃいなさい!!」
「「結局こういうオチなのーーー!!??」」
***
もしかしたら、そんな事があったのかもネ☆ <終>