もうひとつの戦い 屍骸戦の激闘

妃芽薗学園にてハルマゲドンが勃発する、その直前のこと。

白亜の邸宅が立ち並ぶ閑静な住宅街にて異彩を放つ、純和風のお屋敷を前にして、
黒のロングコートを身に纏い、サングラスで表情を隠したその男はひとりごちた。

「ふぅ。ここだな。だいぶ探したぜ」

男の名は屍骸戦(むくろいくさ)。
ハルマゲドンに番長グループとして参戦予定である屍骸花(むくろはな)の兄である。
世界を股にかける凄腕の傭兵として名を馳せる戦は、
本来ならばこのような静かな場所とは無縁の存在である。
だが、今回ばかりは普段と事情が違った。

「花……なんだってハルマゲドンに参戦なんて危ないことを……」

コートのポケットから妹の顔写真を取り出し、ため息をつく戦。
彼が今ここにいるのは、妹の身を案じてのことであった。
そう、屍骸戦という男、凄腕の傭兵という以前に――重度のシスコンであった。


***


内部のことはほとんど漏れ出ないと言われる秘密の花園、妃芽薗学園。
それでも妹への想いでなんとか学園内に情報パイプを繋ぎ、
日々、妹の学園生活を伝え聞いては、ときに喜び、ときに心配し、
そんな具合で充実した妹ライフをエンジョイしていた戦に、その凶報は突然届いた。

――妃芽薗学園でハルマゲドン勃発の前触れ――

そして、

――番長グループに屍骸花が加わる――

それからの戦の行動は迅速であった。
ハルマゲドンに参戦する妃芽薗学園の女生徒達の戦力分析、
生徒会勢力、番長グループ勢力の拮抗について、
学園内へ部外者が干渉する方法、
傭兵としてのキャリアを活かし、様々なシミュレートを繰り返した。

屍骸花は魔人といえど病弱であり、戦闘に向いているとは言い難い。
戦闘が長期化し、番長グループの戦力が不足しない限り、屍骸花の出番はないだろう。

つまり、妹の安全を確保するには、生徒会の気勢・戦力を予め削ぎ、
ハルマゲドンを番長グループの短期決着勝利としてしまえばよい。

すなわち、

生徒会長の暗殺――それが戦の導き出した己の取るべき行動であった。


***


「当家に何か御用ですか」

声を掛けられ、戦は写真から顔を上げる。
お屋敷の門の前、同年代と思しき女性が戦の反応を待っている。
それを見た戦はサングラス越しでもそれと分かるくらいに相好を崩し、言葉を返した。

「よお!久しぶり!えーと、さなえさん!」
「ああ、戦君。名前を間違えて覚えている辺り、適当な性格は直っていないようね」

ここは戦にとって旧知の人物の住居であった。
潜入任務ならば昔からコイツに頼めば間違いない、
そう戦が認識している人物こそ目の前の女性である。

戦は手っ取り早く自分の目的を伝え、妃芽薗学園への潜入補助を頼んだ。
出来る限り不要な騒ぎを起こしたくない戦にとって、潜入こそが最大の障壁であった。
中に入りさえすれば後は適当に何とかするからと言う戦に、
しょうがないからちょっと待っていてと返す女性。
話はあっという間に進み、気付けば今すぐ学園内へ瞬間移動できる準備が整っていた。

「相変わらず見事な手際だねぇ、ホレボレするよ」
「ちょうど学園内に一人送迎したばかりだったからね。
まあ、あなたにとっては運が良かったってことね」
「それじゃこっちも実を言うとな、
アンタがすぐに話を引き受けてくれるなんて思ってなかったから、
結構意外だったぜ。もっと慎重に事を運ぶタイプだろ」
「妹さんのために頑張りたいなんて聞かされたから」
「あれ?アンタにも妹いたっけ?」
「まあ、ね。とびきり手の掛かる妹がひとり」
「へー。それじゃ、その妹さんに伝えておいてくれるかい。
君のおかげでお姉さんのご機嫌が麗しかったようでありがとうってな。それじゃ!」

軽口をひとしきり叩いた後、ためらいもせずに瞬間移動の装置に入り、姿を消す戦。

「ご苦労様、社」

女性は瞬間移動の装置――として使用した布団――を畳みながら、言葉を続ける。

「ご苦労ついでにかなめに伝えておいてもらえるかしら。
そっちに普段は頼りないけど戦闘では滅法頼りがいのある、
それでいて肝心なときにはやっぱり頼りないお兄さんがひとり参戦した、って」


***


妃芽薗学園に移動したことを確認した戦は、瞬時に行動を開始した。
現在地は聞いていた通り人目につかない校舎裏。
目指すは生徒会長室。
標的は生徒会長。
学園内の地図はすでに頭へ叩き込んでいる。
迷い無く、素早く、しかし物音ひとつ立てることなく戦は校舎へと近づく。
鍵の掛かっていない窓を目ざとく見つけ、校舎内の様子を窺い、
人がいないことを確認して窓からの侵入を試みる戦。
そのとき、

「あら、不確定要素の介入は――」

校舎内に気を取られた一瞬の隙をつくかのように、戦の背後から声が聞こえた。


***


小野寺塩素は薄暗い校舎裏でひとり待っていた。
つい先ほど、どうも妃芽薗学園への潜入方法について調査している人物がいると、
そして、その人物は世界的に名の売れた傭兵であるという情報が届けられたのだ。

――折角、ハルマゲドンのお膳立てが整ったというのに、
――プロの傭兵に事態の沈静化を計られては面倒ですからね。

どうやらその傭兵は学園へ侵入するため、とある場所へ向かったらしい。
奇遇にも、その場所とは塩素の(希望崎での)部活動の後輩、
夢追中(ゆめさこかなめ)の家であった。
知らぬ間に戦場へと紛れ込んでいた夢追、
恐らくは学園内へ侵入するための能力を使用したのだろうと考えた塩素は、
学園内をうろちょろと見てまわっていた夢追を捕まえ、
夢追がどうやってこの学園に侵入したのかを聞き、
かくして、この場所で待機するに至った。

――世界的な傭兵に払う報酬ですと、このくらいあればよろしいかしら。

塩素の魔人能力は現金を支払うことで、『人間の心を買う』能力である。
相応の額さえ用意してあれば、どんな相手でも意のままに動かすことができる。
『謀計リスクヘッジ』の前には、例え世界的な傭兵であろうと“敵ではなくなる”のだ。

そんな準備をしている塩素の前に、突如、ロングコートにオールバックの男が現れた。
遮蔽物の陰に身を潜め、様子を窺う塩素に気付くことなく、男は校舎に近づく。
予め塩素が開錠しておいた窓に気付いた男は、塩素の潜む場所のそばにやってくると、
窓から校舎内の様子を窺いはじめた。

――準備は上々、それではまいりましょうか。

「あら、不確定要素の介入は――」


***


――パァンッ!


破裂音と共に、塩素の視界を濛々と立ち上がる煙が遮った。
手に持った番傘で顔を守りつつ、塩素は自分の作戦が失敗に終わったことを感じていた。

煙が晴れた後には、男の姿は当然無く、開いた窓が男の行く先を告げていた。

「スモークグレネード、ですか。
ぼくのお話くらい聞いてくれても良さそうなものですが、せっかちなお方……」


***


「あぶねーあぶねー」

生徒会室を目指して廊下を走りながら、戦は額の冷や汗を拭った。
まさかいきなり背後を取られようとは思ってもいなかったのだ。
しかし、そこはさすがに百戦錬磨の傭兵。
咄嗟の判断で目くらましを使い、何とか危機を乗り越えていた。

「まあ殺気がありゃあいくらなんでも気付いたハズだし、アイツに殺る気はなかったな。
でもこっちに近づいてきたってこたぁ強制移動、封印、操作能力辺りを使う気だったな。
だってのに背後からわざわざ声をかけたってこたぁ事前交渉の必要な能力だ。
なら最善の対処法は問答無用で逃げるが勝ちってな!今日も俺は冴えてるぜ!
――おっと!ゴメンよお嬢さん!」

軽口を叩くことで己を落ち着かせつつ、戦は急いでいた。
待ち伏せされていたということは、一刻も早くここを離脱しなければ何が起こるか分からない。
少々手荒になってしまうが、運悪く廊下で出くわした女生徒には麻酔銃で眠ってもらい、
スピード最優先で生徒会室を目指そう。そう戦は判断したのだ。

「しかしさっきのヤツ、随分落ち着いてたし、
俺が標的以外を殺さないように準備していたことまで知ってやがったのかな。
まったく誰だよリークしたやつぁ!
……次からは情報屋をしっかり選ぼう……
っと!着いたぜ生徒会室!」

周囲に人がいない事をしっかりと確認した後、戦は部屋の中の様子を扉越しに調べる。
床の鳴る音、衣擦れの音、呼吸音……それらを総合するに、

「よっし!目標の生徒会長だけだな!ちょうどいい!それじゃ……行くぜ!」


***


生徒会長はこの時間、大概、生徒会室の奥にある会長部屋にいる。
生徒会長は基本的に他の生徒会メンバーから放置されている。
生徒会長は頑丈であるものの、戦闘力はないに等しい。
生徒会長は妃芽薗学園内でいうところのSLG(弱能力者)である。

普段のようにバズーカやグレネードで派手にドンパチするわけにはいかない今回、
事前調査によって生徒会室に乗り込むのが生徒会長暗殺をこなす最善の方法。
戦の読みは的中し、状況は正に計画通り。
後は生徒会室に侵入し、標的を殺せば終了――戦は生徒会室の奥、会長部屋へと向かう。

――事前調査の情報に、ひとつの間違いがあったことを知らずに。


***


静かに会長部屋の扉が開かれる。
部屋の中には湯気がもやもやと立ちこめ、天井から結露した水滴が垂れ落ちている。
石鹸の香りが充満するそこは、会長部屋とは名ばかり。風呂場であった。
そしてその風呂場の中心、湯気に覆われるように見えるふたつの人影。
加賀美濃うつるとミラ=ミラノ、戦の標的である二人組み生徒会長である。

手に持った麻酔銃を構え、湯気に煙る人影へと照準を合わせる戦。
麻酔銃と言っても、今、装填されている弾には麻酔薬の代わりに劇薬が仕込まれている。
とてつもなく頑丈だという生徒会長を確実に仕留めるために用意した特性弾だ。

――生徒会長はお風呂が大好きなんだってな。
――悪いね。まだまだ若くてピッチピチなのに。
――大好きな場所で死ねるんだ。せめて成仏してくれよ。

しかし、引き金を引こうとしたそのとき、風呂場の湯気が晴れ、
戦の目に標的の姿がはっきりと映った。

「な……っ!」

思わず声にならない呻き声を漏らし、硬直する戦。
鏡に映したかのように同じ姿をした二人の少女が、裸で絡み合い、互いの体を弄りあっている。
なんと標的のうつるとミラは、風呂場の中心でレズプレイに勤しんでいたのである。

「こ……これは……」

――これが噂に名高い女子高生のレズ!

世界一美しいと称されるその光景を、戦は自身の目的を忘れ、食い入るように見つめた。
白く細い腕が踊り、艶やかな肌が触れ合い、柔らかな肉体が重なり合う。
水に濡れたうつるとミラのサイドポニーが、こちらを誘うようかのに揺れている。

我知らず、戦は二人の方へと引き寄せられていた。

ぱしゃり、と戦の足が床の水溜りを踏んだ。

その音に反応するかのように、不意に戦の方へと顔を向けるうつるとミラ。
はっと我に返り、身構える戦であったが、うつるとミラの目にはその姿は見えていない。

「ああ……うつるのほっぺた……すごくやわらかい」「ミラのほっぺたも……すごくふにふに」

顔を戦の方へ向けたまま、お互いの頬を擦り付けあい、存分に堪能するうつるとミラ。
よく見れば顔こそ向きは変わったものの、視線はお互いを捉えて離していない。
すでに二人の囁き声が聞こえる位置にまで戦が近付いていることにすら気付いていない。

――俺は何をやっているんだ!

正気を取り戻し、戦は再び銃を構えた。
確かに女子高生のレズは素晴らしい。神々しいとさえ言えよう。
だが、戦にはそれ以上に神聖なものが存在した。

――花!お兄ちゃんはお前のためなら……この世の禁忌すら犯してみせよう!

うつるとミラはもはや数歩の距離である。
戦の腕前であればこの銃撃、外すはずもない。

「うつるの背中……すべすべ」「ミラのほっぺた……ふわふわ」

体勢を変え、ミラの背中に頬擦りを始めたうつると、頬の感触を背中で味わうミラ。
二人へと向けられる無情の銃口。

「うつる……ここもやわらかい」「あ……ミラ」

コトを進めるうつるとミラ。
二人の命を奪う引き金が……

「「ぺろぺろちゅっちゅ」」


――――――無理!!!


引かれることはなかった。

全身の力が抜け、銃を取り落とし、その場に膝からくず折れる戦。
彼には目の前で行われる神聖な儀式をぶち壊すだけの精神力はなかった。
視界が暗転し、薄れゆく意識の中、戦が最期に思ったこと、それは妹への謝罪であった。

――ごめんな花……お前というものがありながら……俺はお兄ちゃん失格だ……


屍骸戦、妃芽薗学園生徒会会長部屋にてシスコンというアイデンティティを揺さぶられショック死。享年26歳。


***


「廊下で 寝ていると 危ないですよ」
「疲れが溜まってたのかなぁ……どうもありがとう。ゴクソツ」

にわかに生徒会室が賑やかになる。
生徒会メンバーの歌琴みらいと、生徒会の助太刀であるゴクソツ機構汎用・イの15号が、
ハルマゲドン開始を目前にして、生徒会長を呼びに来たのである。

「会長ー?入りますよー?」

会長部屋の扉をノックし、返事を待たずに入室するみらいとゴクソツ。
来訪者の様子を一切気にすることなく二人の世界を作り上げているうつるとミラを眺め、
予想通りだとため息をつきつつ、みらいはさっさと要件を済ますことにした。

「会長。ハルマゲドンの時間ですよ」
「「ぺろぺろ」」
「みんな待っているんですから早く行きましょう」
「「ちゅっちゅ」」
「それじゃお風呂ごと運びますからね。ゴクソツ!」
「「れろれろ」」
「了解 しました 私に感情はありません」
「「ぴちゃぴちゃ」」

一方的に話を進め、手際よく浴槽ごとうつるとミラを運び出すみらいとゴクソツであった。
ゴクソツを先行させ、せめて服だけは持っていこうかと会長部屋を見回したみらいは、
そこで初めて床に転がるいかつい男の存在に気付いた。

「……誰これ?」

まあいいか、と部屋の物色を再開し、二人分の服を抱えて会長部屋を後にするみらい。
その際、ちらりと床の男へ視線を落とし、一言を残していった。

「会長の能力にやられたんだね。ご愁傷様」


***


戦の事前情報にはひとつの間違いがあった。
それは、生徒会長は決して弱能力者ではないということである。
戦の得ていた情報では、生徒会長の能力は「その場に風呂場を作る能力」であった。
しかし、うつるとミラの能力はそれだけではない。
二人の入浴シーンを見たもののアイデンティティを揺さぶり、ショック死させる能力、
こちらこそがうつるとミラの能力「ユーアーミー」の真骨頂であったのだ。

こうして妹を愛し、妹を守るためにひとり妃芽薗学園の生徒会と激闘を演じた男、屍骸戦は、
世界を股に掛ける傭兵という華々しい肩書きとは無縁の場所で、その最期を迎えたのであった。

……と、素直に幕を閉じているようならば、世界に名を売る傭兵にはなれないであろう。

「ぉぉお……死ぬかと思ったぜ……」

床に倒れたまま、戦は呻き声をあげた。
うつるとミラの能力によりショック死する寸前、
奥歯に仕込んだ蘇生薬を噛みしめることで、仮死状態になったものの、事なきを得たのである。

「あー、脳味噌にも体にも血が足りねー……酸素も足りねー……」

とはいえ、短いながらも心臓が止まっていたのだ。コンディションは最悪であった。
回復にあと1分は欲しいところだけれど、今、誰かに見つかったら厄介だな……
そう考えていた戦の耳に、狙ったかのように聞こえてくる誰かの足音。

――ヒーローがジャジャーンと登場!ってわけにはいかねぇだろうなぁ。

近づく足音に、何とか体の自由を取り戻そうともがく戦。

はたして、そんな戦に対して、足音の主が向けたものは、

「あぁ!!屍骸花さんのお兄さんですよね!?大丈夫ですか!?」

救いの手であった。


***


「……そういう訳で、先輩に転送場所を教えたちょっと後に屍骸さんのことを聞きまして、
こりゃあまずいことをしちゃったかなと、様子を見に来たんです」
「なるほどなるほど、いや助かったよ夢追ちゃん。ところでその先輩ってのは……」

空き教室で夢追から事情を聞き、事態を把握した戦。
まだハルマゲドンの火蓋が切って落とされたわけではないが、すでに生徒会は集結完了、
生徒会長の暗殺をするチャンスは失われてしまった。
己の失態を恥じ、そして妹の身を案じつつ、戦は立ち上がった。

「おっし、回復したことだし、脱出なら一人で十分だからな。ありがとよ」
「あれ?妹さんには顔を見せないんですか?」
「いや……今は会わせる顔がねーんだ……はは」
「?」

不思議そうな顔をする夢追を前に、戦はロングコートを漁りつつ、考える。

敗者は何も語らず、ただ去るのみ……なんてな……

この場でやるべきことは全て終えたと判断し、戦は空き教室を出る。
最後に、自身に向けられた、夢追からの難しそうな顔を見返し、言葉を投げる。

「それじゃ、後はよろしく頼んだよ。花のこと、可愛がってくれよな」


――――――

――――

――


ここは触手が咲き乱れ、ビッチとレイパーが行き交い、モヒカンザコの怒号が木霊する希望崎学園。
妃芽薗学園にて勃発したハルマゲドンもすでに一週間前に終結し、学生達は普段通りの平和な日常を謳歌していた。
そんな希望崎の新校舎の一角、「管理作業員室」というネームプレートを貼り付けた部屋の中で、屍骸戦はその平和な日常に退屈していた。

「花……みんなと仲良くやっているか……」

持て余した暇をなんとか消化しようと、妹の顔写真に語りかけて気を紛らわせる戦であったが、
その独り言が1時間にも及ぼうかというそのとき、ふいに扉をノックする音が部屋の中に響いた。

「どうもお邪魔します管理人さん!約束のモノ、持って来ましたよ!」
「おおっと!待ってたよ夢追ちゃん!」

元気良く部屋に入ってきたのは希望崎学園生にして先日のハルマゲドンで戦と顔見知りになった夢追である。
来訪者に対して相好を崩した戦は、退屈してたから本当に助かったよ、などと軽口を叩きつつ椅子を勧める。

「あ、どうも。それで……はい!こちらが例のモノになります!」
「おお!おぉ……お……!!」

夢追から差し出されたものを一目見て、戦はだらしなく顔を緩ませた。

「マジでありがとう!すっげーありがとう!あのとき苦労したかいがあったぜ!」
「いえ、こちらこそ屍骸さんのおかげで楽しめましたから」

二人は顔を見合わせ、ニヤリと笑みを交し合う。
本来ならば黒幕同士の腹黒い笑みと言えるであろう場面であったが、互いにさっぱり悪意が無いためか、その様はせいぜいが悪戯の成功した悪ガキたちの笑いといったものである。

ハルマゲドン開始直前のあのとき、夢追から小野寺の魔人能力を詳細に聞いた戦は、ひとつの作戦を実行した。


***


――敗者は何も語らず、ただ去るのみ……なんてな……俺はそんな諦めのいい男じゃねーんだよ。

ロングコートを漁り、携帯電話を取り出すと、それを夢追に渡しながら戦はお願いを口にした。

「悪いんだけど夢追ちゃん、この携帯をその小野寺先輩に渡しておいてくれないか。ハルマゲドンが始まっちまう前に」
「えぇぇ……あの先輩に関わると時間を取られるんですけど……まあ、わかりました」

この場でやるべきことは全て終えたと判断し、戦は空き教室を出る。
最後に、自身に向けられた、夢追からの難しそうな顔を見返し、言葉を投げる。

「それじゃ、後はよろしく頼んだよ。花のこと、可愛がってくれよな」


***


『はい、どちら様でしょうか』
『さっきは乱暴な真似してすまなかったね。スコープ越しでも分かる可愛い娘だって知ってたらもっと優しくエスコートしたんだけどさ』
『あら……今度はぼくが見られる立場というわけですわね。どうしましょう』
『君の能力は調べさせてもらったよ。あのときは俺の腕を見込んで金で買ってくれようとしてたんだってな』
『もしや……ビジネスのお話でしょうか』
『ああ。今度は俺が君の腕を見込んで頼みたいことがある』
『伺いましょう』
『君はこの学園で大騒動さえ起こせりゃいいんだろ?世間様さえ騒がせりゃ、その騒動に実体が無くたっていいんじゃないか?』
『何が仰りたいのでしょう』
『要するに、だ。生徒会も、番長グループも、全員買収してくれ。片っ端から買収して、ハルマゲドンを派手な舞台劇にしてくれよ』
『つまり、今回のハルマゲドンを無血で終わらせて欲しい、ということでよろしいかしら?』
『ああ。八百長、怪我したふり、死んだふり、なんでもござれで大騒ぎして、後でみんな仲良くパーティーでもさせてくれよ』
『少々、費用がかさみますわね』
『報酬、だな。とりあえず好きに言ってくれ』
『まずはこの携帯電話をいただけるかしら』
『俺とのホットライン、か。いいだろう』
『あとはもうひとつ。ぼくの学園……ああ、希望崎学園のほうですけれど。そこで管理作業員をやってもらえませんかしら?』
『管理作業員?解体作業員の間違いじゃないのか?発破なら得意だが管理なんて門外漢だぜ』
『ええ。わかっております。普段はゆっくりしてらして結構ですので、時が来ましたらこちらから連絡させていただきます』
『身柄の確保ってわけな。まあ……そっちも了解だ。ただ、俺に長時間拘束労働させるのは高くつくからな。こっちもひとつ追加注文がある』
『どうぞ』
『ハルマゲドン終了後のパーティーだが、開催場所を海にしてくれ』
『承りました。……理由を聞いてもよろしいかしら?』
『花のやつ、海に行ったら喜ぶだろうから』
『ふふふ。本当に妹様を大事に思ってらっしゃるのですね。ハルマゲドンの舞台劇化も、妹様の安全のためというわけですね』
『交渉成立、だな』
『ええ、交渉成立、ですわ』
『それじゃ、よろしく頼んだ』
『こちらこそ、これからよろしくお願いいたしますわ』


***


「ビーチバレーか……楽しそうにしてるなぁ……花」
「それじゃお約束の写真も渡しましたので、私はこれで」

席を立ち、部屋から出る夢追に、写真から目を離さずに戦が声を掛ける。

「おう!サンキュー!おねえさんにもよろしく言っておいてくれ!」
「ですから!さがみさんは武術の師匠であって姉ではないですってば!」


――――――

――――

――


再び静かになった部屋の中、戦はそっと机の上に写真を乗せ、窓の外を眺めながら大きく伸びをする。
戦場と違い、静かで退屈な場所ではあるが、今日は一日、いい日になりそうだ。
青空を見上げながら、戦はそう思った。





机の上には、砂浜で仲良く笑いあう生徒会メンバーと番長グループと、その中で楽しそうにはしゃぐ屍骸花の姿があった。





流血少女 ifルート 第四の戦い 無血エンド