オウワシの苦悩〜第一羽〜

ここは希望崎学園の生徒会室。
今、希望崎学園は生徒会メンバーと番長グループによる大規模集団戦闘がいつ始まってもおかしくない緊張状態にある。
また、イシハラから届いた宣戦布告「狼は生きろ。豚は死ね」の言葉は、学園中の一般生徒達を混沌と阿鼻叫喚の世界(モヒカンザコの世界)に変えていた。
内憂外患――今の希望崎学園はまさにこの言葉がふさわしい有様である。
そんな非常事態の最中であるにも関わらず、生徒会メンバーは普段と変わらぬ活動を続けていた。

「こんな状態で大丈夫なのかな……」

2週間前、希望崎学園の見学にやってきて、成り行きでそのまま生徒会室に居ついているオウワシはつぶやいた。
校舎の案内をしてもらったお礼にとハルマゲドンへの助太刀を引き受けたものの、生徒会メンバーの様子を眺めると、とても命懸けの戦闘を始められるようには見受けられなかった。
平和ボケだとか、危機感が足りないだとか、そういった問題ではない。問題なのは……

「あ、オウワシさん」

がらりと扉を開けて生徒会室に入ってきた天狂院癒死が、何やらうごめくものを持ちながらオウワシに声をかけてきた。

「ちょうど良かった。お腹すいてませんか?今、外の花壇で新鮮な触手を取ってきたところなんです」
「あ、えーと、触手はちょっと……」
「あぁ……やっぱり新鮮な動物の方がいいですよね……そうだ!私の内臓なんてどうですか?鮮度には自信がありますよ!」
「本当に勘弁してください待ってください短刀なんて懐から取り出さないでちょっとまって割腹とかホント待って!」

問題なのは、生徒会メンバーの皆が皆、別々の方向にぶっ飛びすぎているのだ。
同じ生徒会メンバーが今にも割腹しようという事態だというのに、生徒会室に居る他の面子は何をしているかというと……

「女の子が女の子に自分の大切なものを奉げている……これぞ女子高生の百合!しかも獣姦!その上カニバリズム!これは流行る!」

こちらのやりとりを見て興奮しているのが生徒会一のレイパー、阿晴魔羅之助である。
流行らねーよそんな尖りすぎたジャンル、と全力で突っ込みたい。

「え?あなた陛下だったんですか?」
「って、あなたも!?」

窓際では生徒会切っての電波男であるぺん3と不破安親が何とも意味不明な会話を繰り広げている。
多分、ぺん3がいつものように意味不明なことを言い出し、不破がそれにあーそうですね先輩、俺もそうですよーなどと適当に相槌を打っているうちにああなったのだろう。

首を逆方向に向けると会長机のあたりではεωと公文崎学が何やら言い争いをしている。

「そんなことより今は転校生対策について話し合おうよ!」
「そんなこと!?公文を馬鹿にする奴は許さないぞ!」

恐らくもっともハルマゲドンについて心を砕いているであろうεωの作戦会議呼びかけは、公文崎の公文ラブの前には意味を成さなかったらしい。
公文崎が鉛筆を握り締め、εωに襲い掛かろうとしたところへ生徒会の期待のルーキーこと夢岸徹が「期待のルーキーとして、俺がとめなきゃな!」と仲裁に入り――そのまま公文崎の鉛筆目潰しを喰らって「ビバザバブル」などと叫びながら吹っ飛んだ。

「目がぁー!目がぁー!あぁー……」

吹っ飛び終えて床の上で悶絶する夢岸を見た天狂院がやっと割腹をやめたかと思うと「大変!今私が癒してあげますから!」と夢岸の前で再び短刀を取り出して自分の腹を切ろうとしている。

――まさにカオス。

とても味方をまとめることはできそうにないと感じたオウワシは「ちょっと敵の偵察をしてきますね」と言い残して番長小屋へ向かうことにした。
窓から飛び立つとき、ぺん3と不破は未だ先ほどの話を続けているのか「俺が陛下だ!」「俺達が陛下だ!」などと言っているのがかすかに聞こえ、オウワシの不安は募る一方であった……。


――



オウワシの苦悩〜第二羽〜

薄汚れた番長小屋。オウワシは小屋から少し離れた木に止まり、さてどうしようかと考えはじめた。
もしも敵が至極真っ当な奴らであり、一致団結して襲ってきたとしたらあの生徒会メンバーでは防ぎようがないかもしれない。
悪い方向に考え始めると、どんどん気が重くなるものである。悪い結果ばかりが脳裏に浮かんでは消えていく。
もし自分が言葉を持たない鳥のままであったら、義理などにとらわれずにさっさとこの場から逃げ出しただろうに……私も随分と生温い性格になってしまったんだなぁとオウワシはひとりごちた。
野生の中で生活していたときは他者のことなど省みずに生きていたのに……
そんなことを考えていたオウワシだが、自分を待っている友人のことを思い出し、いや、こんなことではいけないと気を持ち直した。
自分と友人とをつなぐ絆である自身の「言葉」という能力を否定なんて出来はしない。
それに――生徒会メンバーも放っては置けない。
生徒会メンバーはぶっとんでいるが、いや、ぶっとんでいるからこそか、喋る鳥である自分に対しても物怖じなく接してくれる気の良い連中である。
友人は可愛らしいと言ってくれるが他の人間には絶不評の自分の声も、坂井Q太などは「わぁ!いい声!私の自主制作中のアニメが出来上がったら是非声あててよ!」などと積極的に評価してくれた。
彼らのためにもこんなところで落ち込んでいるわけにはいかない、そもそも悩むのは敵の様子を見てからだ、そうやって自分に喝を入れたオウワシはキッと番長小屋をにらみつけた。


自慢の視力で小屋の中の様子を窺ってみると……


――女子生徒が2人、何やらコップに注いだ白い液体を飲んでいた。
はじめは牛乳かと思ったが、それにしてはやけにネバついている。よく見るとその液体は女子生徒の横にいる触手が吐き出しているものらしい。
謎の白い液体の正体とは……そこでオウワシは考えるのをやめた。

やっぱり番長グループもまともじゃなかったか。

直前まで真面目に悩んでいた自分が急に馬鹿らしくなり、力の抜けるオウワシであった。
……いや、でもまだまともな奴もいるかもしれない――今見た番長小屋の光景を頭の隅に退けつつ、油断せずに詳しく調査しようと小屋に近づいたオウワシの耳に激しく争う男達の声が飛び込んできた。
慌てて近くの樹上に身を隠し、何事かと物陰から確認すると、博士っぽい格好の男が何やら怪しげな機械に泣き叫ぶ男を押し込んでいるのが見えた。

「嫌だー!死にたくない!逝きたくないー!!」
「安心しろ。死にはしない。ただちょっと魔人改造の実験体になってもらうだけだ」

そんな物騒な会話が聞こえてくる。
男を機械に押し込んだ博士は、今もなお必死に助けを求めてくる男の声に耳をかそうともせず、装置の起動ボタンを押した。

「助けて!!だんげじょーぶ博士!!」

それが彼の最期の言葉でした――人としての尊厳を持った状態での。

機械から出てきた男は先程の取り乱しようが嘘のように落ち着き払い、“だんげじょーぶ博士”の方を向いてさらりと言い放ちました。


「よし、いいこと思いついた。お前オレのケツでカレー作れ」


――ごめんなさい。真面目に取り組もうとした私が間違ってました。そう思い、大きな哀愁を背にオウワシは番長小屋を後にした。


――



オウワシの苦悩〜最終羽〜

生徒会も番長グループも、どっちもどっちで変態ばかり。
どっと疲れが噴出し、羽ばたくのも面倒になりながらオウワシは生徒会室への帰路を飛んでいた。
ここのところの私の苦悩はいったいなんだったんだろう……そんなことをつぶやくオウワシであったが、しかしどこか安心した様子でもあった。
味方もぶっとんでいれば敵もぶっとんでいる、それなら細かいことをいちいち気にせず、自分は来るべき時に備えて英気を養い、その日が来たらやれることをやる――そう吹っ切れたのだ。

気持ちが軽くなれば考えることも明るくなり、この後、生徒会室に戻ったら何をしようか――そんなことを考え始めた。
坂井Q太とアフレコの話をするか、いや、ひとまずはεωとハルマゲドンについて打ち合わせをするべきか。
やはり人の言葉を操り、色々な人たちと会話するのは楽しいもの、自分はこの能力に目覚めて本当に良かった。
そんなことを思いつつ、校舎の窓から生徒会室に戻ったオウワシであったが……

「ただいま帰りましたー……って、あれ?」

生徒会室の中を見渡すと、明らかに生徒会メンバーの数が減っているのである。
出て行くときに何やら話し合っていたぺん3と不破だが、今は不破一人になっている。
打ち合わせをしようかと思っていたεωも姿が見えない。
どうしたのかと思いながら会長机に近づくと、机の上にεωの書置きとおぼしき紙が置かれおり、そこには走り書きで「εω不採用」「これが世界の選んだ運命なのか…」と書かれていた。
これは一体ナンなのだろうと首を捻っているオウワシのところへ天狂院がやってくると、書置きについて丁寧に解説してくれた。

「それ、上はεωさんが書いたもので、今回のハルマゲドンで自分の能力は使わないことになりましたって書置きです。下はぺん3さんが書いたもので……εωさんを慰めているようにも読めますけど……まあ、いつも通り気にしなくていいと思いますよ」
「あ、ありがとう。……えーっと、それで、その二人は?」
「あ、オウワシさんが出て行かれた後、公文崎さんが公文の素晴らしさについて熱く語りだしまして、それを聞いて感銘を受けたお二方とも公文崎さんと一緒に公文に行かれました」

やっぱりこの生徒会はダメかもしれない……がっくりと首を落とすオウワシであったが、そこへ一人の男が威勢よく声をかけた。

「おお!オウワシ!俺すっげぇこと知ったぞ!」

“獣姦の参考にどうぞ”などとマジックペンで書かれた動物図鑑を片手に、世界的大発見をしたといわんばかりに鼻息を荒げている阿晴であった。

「鳥って前の穴と後ろの穴が一緒なんだって!?それじゃあ俺が能力使うまでもなく二○責め出来るってことだよな!?」


――


オウワシは自分が校舎の屋上にある給水タンクの上に立っていることに気付いた。
はて、自分はどうやって生徒会室から屋上まで来たのだろうか。
ヘッドフォンをつけてPCに向かい、何か作業をしていた坂井Q太が「今のオウワシさんの動き……まさか、『板野サーカス』ッ!?」などと言っていた覚えが微かにだがある。
どうやら阿晴の言葉にちょっとした衝撃を受けて、思わず屋上まで回避行動を取ってしまったらしい。
うん、まだまだ精神修行が足りてないな。
そんなことを一通り考えた後、オウワシは青空を見上げた。

澄み渡るような青空が広がっている……

もし自分にも人のような表情筋があったなら、今はきっとあの青空のように爽やかな笑みを浮かべているだろうな……

今だけは……ちょっとくらいなら野生に戻ってもいいよね……

オウワシは思い切り息を吸い込むと、気のう(肺)に溜まった空気を一気に搾り出した。



「キーーーッ!!!!!!!!!!!!」



オウワシ全霊の鷹泣きは希望崎学園に木霊したという。





第八次ダンゲロス・ハルマゲドン本戦開幕まで……あと二日!