九割の愛と一割の歪んだ愛

時は2014年、所は私立妃芽薗学園。
本来、乙女の花園であるはずのこの場所が、どうしたことであろう、今、まさにハルマゲドンを迎えんとする戦場となっていた。
かつて学園に響いていた女生徒達の柔らかく涼やかな挨拶の声が、今や剣戟の固く冷たい音となっている。
かつて学園に舞っていた色鮮やかな花壇の花びら達が、今や赤茶にくすんだ戦塵となっている。

「……もう少しで番長グループの陣営だね」

そんな、退廃の薗と化したこの学園の中を一人、静かに歩く少女の影。
小袖袴の出で立ちで、からりころりと下駄を鳴らして歩くこの少女、名は夢追中(ゆめさこ かなめ)という。
魔人の巣窟と言われる、悪名高き希望崎学園からやってきた、奇跡と呼ばれる物事や魔人能力をこよなく愛する少女である。

「……結局、魔人能力はひとつも見れなかったね」

なぜ部外者である少女がこんな時期にこんな所へいるのか。理由は単純明快。ハルマゲドンに参戦し、思う存分魔人能力を見学するため――つまりは趣味のためである。
大勢の魔人達がぶつかりあうハルマゲドンは、少女の趣味である魔人能力の堪能には最適の環境であると言えよう。
山乃端一人失踪の噂を聞きつけた少女がこの学園に侵入し、今に至るという現状は、つまり、少女を知るものにとって当然の帰結であった。

「ねぇ、社(やしろ)」

少女は立ち止まり、誰もいない空間へ向かって声をかける。
いや、誰もいないわけではない。少女は自身の纏う服に声をかけたのだ。
少女が纏う服は年を重ね付喪神となった存在であり、名を社という。
少女の守護者として、常に少女に寄り添い、支え、助けてきたこの――

「もう元気でたからさ。ナレーションっぽくおどけてなくてもいいよ。ありがとう」

――これは失敬。



――それにしても、せっかく生徒会陣内の第4遊戯場まで足を運んだというのに、収穫はありませんでしたね。
ご主人様をここへ導いた死者の未練を確認に、なんて言って、結局、見られたのは生首ひとつですからね。
番長の晒し首……あんなもの、年若いお嬢さんの見るものじゃありませんよ。

「うーん、番長さんとは面識が無かったから、やっぱり直接見にいっても仕方なかったかな」

それに、生徒会のメンバーにも見つかってしまうし。あれは結構危なかったんですよ。三人を一度に相手するなんて。
……などと言ったところで……あなたにとってはむしろ絶好の機会と言うべきだったのでしょうね。

「ねー。せっかく生徒会の人と会えたのに何も凄いことが見れなかったのは残念だったな」

……本当にご主人様は……曲がらないですね。


――

「はじめまして!希望崎学園から来ました夢追中と申します!
えーっと根本悠里さん、歌琴みらいさん、千坂らちかさん……でよろしいでしょうか。
あ、こちらの学園の生徒会メンバーについては、事前に写真を用意させてもらったので顔はわかるんです。
それであの、いきなりで申し訳ないのですが――皆さんの魔人能力を見せていただけませんか?」

――


あれで罠だと思わない人もいないでしょう。
肉弾戦が不得手そうな人達でしたから良かったものの……。

「でも話はちゃんと聞いてくれたし、うまくいけば能力発動を見られたと思うんだけどなぁ」

まあ能力の制約が満たせなかった以上、どうしようもないですね。
根本さんは何でしたっけ。先陣切って行動している相手には使えないのでしたか。
一人で敵陣に歩いてきた人にはそりゃあ使えないでしょうね。

「まさか行動力が仇になるなんてね……残念」

歌琴さんは男性のみ、でしたね。
これはもうご主人様に効くはずもない。

「うーん……社の土蔵に性別変更能力って取ってあったっけ?」

謹んでお断り申し上げます。

「えー」

あとは千坂さん……好みじゃないから無理ってなんですか!
こんなに可愛らしいお嬢さんを捕まえて!
まったく失礼極まりない!

「落ち着いて社、社の声は私にしか聞こえないんだから」

ああ、これは失礼しました。
能力を使われなかったことに対して憤慨するなんて、私としたことが取り乱しました。
……まあ、どうせ能力を使われたところで、ご主人様に危害が及ぶ前に私が全て対処しましたがね。

「えー、いつもみたいにちょっとだけ見逃してくれないの?」

ご主人様が元気な時分なら考えもしますが、今みたいに万全の体調でないときに守りを疎かにすることはありませんよ。
それにこの学園は魔人の力を抑えるフィールドが張られていますからね。
私が『忘失』を使っていないとご主人様の身体に悪影響があるかもしれない危険な場所なのですよ。

「あぁ、高二力フィールドだっけ?」

私の『忘失』と原理はかなり違うようですが、効果は似たようなものですね。
こういった場所での警護も考えての『忘失』能力を用意した私もたいしたものでしょう。

「そういえば社の中の神社って、他のと違って社が自分で見つけてきたんだよね。あれがいきなり建っていたときはびっくりしたよ」

おかげで建物の統一感が一切なくなりましたけどね。
でもご主人様には気に入ってもらえているようですし、能力もこうして役に立っていますし、万事めでたしですね。

「さすが社だね。いつもありがとう」

いえいえ、わざわざお礼を言っていただくなど恐悦至極。
私もご主人様を助けるのが好きだからやっていることです。
ご主人様は気にせずに真っ直ぐ進んでくださいな。
そりゃあ忠告くらいは時々しますけれど、最後はいつでもご主人様の味方をさせていただきますよ。

「えへへ、ありがとう」

ご主人様の花の咲いたような笑顔を見せていただけるだけで私はいつでも元気になれますからね。
それに愛嬌のある仕草や可憐な身のこなし、煌く流星のような走り姿に安穏が形を成したかの如き寝姿、ご主人様のもっとも近くにいられる私はいつでもこれらを見られるのですから、むしろ私のほうこそご主人様にお礼を言いたいくらいです。

「ちょ、ちょっと待って。あんまりそんなこと言われるとくすぐったいよ」

まだまだ言い足りないくらいですが、

「社ってやっぱり思っていること全部私に伝えるよね。伝わっちゃう訳じゃないんだよね?」

そうですね。全部伝わってしまったらご主人様の寝姿を愛でる私の声で、毎夜安眠を妨げてしまいますからね。

「も、もう!そういうのはいいから!本当に何でも言っちゃうんだから!」

素敵な笑顔、頂きました。











申し訳ありません。夢追中お嬢様。
あなたは私があなたに対して何でも言うとおっしゃりますが、私には隠し事があります。
私は強欲なのです。
私はあなたを独占したいと常々思っております。
私はあなたとひとつになりたいと思っております。
私はあなたの喜びと楽しみを護るため、あなたの命を護っております。

しかし同時に、
私は――あなたの死を願っております。

私があなたの警護を、あなたに頼まれたときといえ、疎かにすることがある理由に気付いてらっしゃるでしょうか。
私が住居の中になぜ祭る神のいない神社を私の一部としたか、真意に気付いてらっしゃるでしょうか。
私は――あなたを私の中に住む神として祭りたいのです。
神社である私と、神社に祭られる神であるあなたと、永劫に同じ場所で過ごしたいのです。
そのために――私はあなたの死を願う心を、時に隠しきれなくなるのです。

申し訳ありません。夢追中お嬢様。
あなたは遠からずご自身の終着駅へと到着する方。
悠久の時を過ごし、付喪神となった私でありながら、そんなわずかな時を待ち切れない私をお許しください。

ただ、せめて、
あなたの短いその生に、
決して悔いなど残させぬよう、
病で身体の動かぬ時に、あなたを決して死なせない。











キャラクター名:小袖袴(付喪神である社の一部)
所持武器:病気の少女(社の主人である夢追中)
FS名:所持武器への愛

FS:18