寅貝きつねの前進

それは梅雨の時期にはめずらしい、さっぱりと晴れた日のこと。
寅貝きつねは希望崎学園の新校舎屋上にて、非常に興味深い光景を見た。
その光景とは、寅貝と同じ新参陣営に属している夢追中が、親友の巨大な鷹と一緒にくつろいでいるところである。
普通の人間や魔人であれば「面白い光景だ」「珍しい光景だ」くらいの感想しか持たないであろうそれは、
しかし寅貝にとって実に意義深いものであった。

なぜならば、それは寅貝の能力を高めるヒントになるかもしれないものだからだ。

寅貝は自身の特殊能力『友達屋』により強力なコミュ力オーラを操ることができ、
その圧倒的なコミュ力によって、目視できない距離ですれ違っただけの人間とでも友達になれるという魔人である。
既に充分強力な能力ではあったが、寅貝はさらに上を目指していた。
すなわち、人間以外のあらゆる生命体と友達になりたいと望んでいるのだ。
今まさに目の前で繰り広げられている人と鷹とのコミュニケーションは、
自分の能力をワンステップ上に引き上げるきっかけになる――そう確信した寅貝は、
普段から浮かべている微笑を一層深め、2つの影の元へと歩みよった。

「やあこんにちは夢追さん。お友達と一緒のところをお邪魔するよ」
「あれ、寅貝ちゃん?こんにちはー。あ、このコは私の大親友のオウワシ。――あちらは寅貝きつねちゃん」

オウワシの羽に扇がれ涼んでいた夢追は、寅貝の挨拶を受けて居住まいを正すと、とりあえず初対面の2名の間を取り持った。
その後、気さくに話す寅貝によって初対面のギクシャクなどもなく、3名は日常の話などに花を咲かせた。

「へえ、それじゃあ夢追さんはオウワシさんのおかげで料理上手になったわけなんだ」
「そうだよー。いつもすっごい立派な獲物を持ってくるから、私も負けられないって気合入るから」
「なるほどね。そうすると……その獲物と料理が二人の間の“友情の証”なのかな?」
「あはは、そうかもしれないねー」
「いいなあ。ボクも夢追さんとオウワシさんの合作料理を食べてみたいよ」
「もちろんいいよ!――ね?――それじゃあいつがいいかな……」

夢追達と話をするうちに、寅貝は、自分の能力が新たなステージへと昇っていくのを感じていた。
これまで自分は多くの友人から友情の証として毎月の友達代を貰ってきた。
しかし、人間以外の犬や猫などから友情の証を貰ったことは無い。
犬や猫はお金を使うことが無いのだから、それは当然のことだと寅貝は認識していた。
だが、人間以外でも友情の証を渡しあうことができる、目の前の2名がそう教えてくれた。
人間には人間の、鷹には鷹の、様々な生命体には様々な生命体の“友情の証”がある。
そう寅貝は自分の認識を新たにした。

「それじゃあ寅貝ちゃん!今度から一ヶ月に1回、鍋パーティやるなんてどうかな?」
「鍋パーティか。いいね」
「毎月1回、オウワシが獲物を獲って、それを私が料理して、寅貝ちゃんにとびっきりの料理を振舞ってあげるよ!」
「それは楽しみだなあ」
「私とオウワシから寅貝ちゃんへの“友情の証”……なんてね?えへへ」

ところどころ白い雲が浮かぶ青空の下、穏やかな風が屋上にいる3名を優しく撫でる。
そんな梅雨晴れの今日この日、寅貝きつねは全宇宙の生命体と友達になる果てしない夢へ向けた、確かな前進の一歩を踏み出した。