〜ダンジョン&ダンゲロスというよりむしろWizardry〜#1

それは希望崎学園校長江田島平八郎忠勝による覇竜魔牙曇の宣言が行われる少し前のこと。

希望崎学園報道部の1年、夢追中(ゆめさこ かなめ)は、学内の地下に広がる迷宮の中にいた。
希望崎学園の地下には広大な迷宮が存在しており、そこは冒険好きの学園生達に長く愛され続けている場所である。
かつて第一次ダンジョン探検ブームと呼ばれる一大ムーブメントが巻き起こって以来7年、多くの魔人もとい暇人達がこの迷宮を探索するようになっていた。
好奇心だけは人一倍という夢追もそうした魔人のうちの1人であり、溢れる冒険者魂に突き動かされ、迷宮探索にやってきたのだ。

「ううーん、思ったよりも厳しいなぁ……」

地下迷宮の、やけに整った通路に夢追の声が反響して消える。
とりあえず灯りや食料などを詰め込んだバックパック40kgを担いできているので1週間は探検できるだろう、
そう思っていた夢追であったが、今では認識が甘かったと痛感している。
迷路のような構造によって迷わされるだけならばまだしも、襲い掛かってくるモンスター達が予想以上に手強いのだ。
瞬発力と足の速さには自信があるから、いざとなれば脇目も振らず逃げればよい、
不意に襲って来るモンスター相手にも先制カウンターで蹴りを叩き込めばなんとか凌げるだろう、
夢追はそう考えていた。
事実、今のところはその考えを実践し、無事に迷宮探索を進めている。
しかし、いつまでも先制カウンターを叩き込めるよう集中し続けるわけにもいかない。
体力か精神力か、どちらにせよ、遠からず底を尽きるのは明白であった。
ここは1人で訪れるべき場所ではなかった――つまりはそういうことである。

「やっぱり誰かと一緒に来ればよかったなぁ……」

苔が一面に生えているのか、湿った緑色の壁面が、手持ちの灯りに照らされている。
そこを時々走る、見たこともない白色のトカゲを眺めながら、夢追は自分が組むべきであったパーティについて考える。
夢追が普段仲良くしている親友は生憎と地中や狭い場所が苦手であったため、地上で夢追の帰りを待っている。
また、学外であれば病気持ちである夢追の身を案じて、常時SPが近くに待機しているが、学内には同行していない。
学園に転入してから新しく出来た友人を誘えばよかったのだが、報道部室で迷宮探索の荷造りを始めたらどうしようもなくテンションが上がってしまい、
荷造りが終わるや、誰かに声を掛けることも忘れて地下迷宮へ突入してしまったのだ。

ふいに夢追の目が迷宮内の闇に紛れた人影を捉えた。
人影といってもこの迷宮には人型の怪物が多く存在するため、まったく油断ならない。
むしろ、うっかりモンスターと間違えて、同じように迷宮探索をしている学園生を攻撃してしまわないように注意しなければならないため、
うかつに手を出せない分、厄介である。

――薬草かと思って拾った大根が迷宮探索をしていた学園生だったなどという稀有な事例もあったがここでは割愛する――

慎重に人影のほうへ近づいて様子を窺った夢追であったが、その正体を見極めてほっと息をついた。

「ああ!虚居ちゃん!」

そこにいたのは夢追のよく知る人物、希望崎学園1年、虚居(うつろい)まほろであった。
顔見知りの存在に安堵した夢追は、虚居の元に向かった。

「やっぱり虚居ちゃんも探検?」

まるで迷宮の闇に同化するかのように佇んでいた虚居は、声を掛けた夢追の顔をちらりと眺め、無言でうなずく。
虚居の手にはいつもの本ではなく、方眼紙と鉛筆が握られている。恐らく迷宮のマッピングをしているのだろう。
その様子を見ながら、話を続ける夢追。

「いやー、私も探検に来たのはいいけどちょっと無計画すぎてね」
「……」
「心細かったから本当に良かったよ」
「……」
「あれ?そういえば虚居ちゃんも1人で探検?」
「……」
「そういえば虚居ちゃんはすっごい丈夫なんだっけ」
「……」
「灯りもなしにここを探検できるなんて凄いね」
「……」
「えーっと……」

夢追の手の中で揺れる灯りに照らされたわずかな空間。
そこに流れるそこはかとない重さの空気は、はたして地下だからかそれ以外の要因からか。
まるで進行役不在の作戦会議ラジオのような沈黙が場を支配する。
もしこの状況が放送されていたら間違いなく無言放送事故だろう。

「もしかして1人で探検していたかった?」
「……いいえ」

ひとまず一番気がかりだったことを訊ね、その答えにほっとする夢追。 迷宮探索パーティは2人になり、迷宮深部へ向かい、並んで歩を進める夢追と虚居であった。



〜ダンジョン&ダンゲロスというよりむしろWizardry〜#2

夢追は罠がないか慎重に周囲を確認しつつ進み、虚居はマッピングをしながら進む。
夢追もときどきメモ帳を手に持っては何かを書き付けているが、その内容は珍しい生き物についてなどで、あまり探検に役立つことではないようだ。

「そういえば虚居ちゃんも探検するなんて結構意外だったよ」

迷宮の扉を開け、扉の先にいきなり落とし穴などないかと確認をしながら夢追は言葉を投げかけた。
いつも教室の片隅で読書をしている虚居の姿をイメージしての発言だろう。
それに対して虚居は軽く視線を上げて夢追の顔を見つめ、再び手元のマップに視線を落としてから言葉を返した。

「……私も意外だった」

うん?と、その答えに眉根をよせて虚居のほうへ向き直る夢追に対して、虚居は言葉を続けた。

「……言葉使い」

隠し扉などないかと迷宮の壁面をぺたぺた触りつつ、ああ、とうなずく夢追。

「んー、今は記事を書くよりも探検の方が楽しいからね」
「……何それ」
「なんていうか、こう、澄ましちゃいられないぜヒャッハー!って感じなんていうのかな」
「……」
「……お、可笑しかったかな」

自分の発言で微妙に照れる夢追。

「……そんなことない」

そんな夢追の横顔を眺めつつ、虚居は言葉を返す。
その言葉を聞いて、さらにひとしきり照れた後、嬉しそうに夢追はお礼を述べた。

「えへへ、ありがとう」


そのまましばらく無言の迷宮探索は続いたが、2人が顔をあわせたばかりのときのような重苦しい雰囲気も無く、
時に罠を回避し、時に虚居に襲い掛かるモンスターを夢追が蹴散らし、時に夢追を虚居がかばい、順調に探索範囲を広げていった。

「わぁ!でっかいトカゲ!」

そんな折、目の前に現れた体長3mはあろうかというトカゲを見て夢追は感嘆の声をあげた。
近づいてみようとする夢追だったが、虚居に手を掴まれて静止した。

「……あれはコモドドラゴン」
「コモドドラゴン?って確か世界一大きなトカゲだっけ?」
「……世界一重いトカゲ……毒があるから近づかないほうがいいよ」
「へぇ、あんなに大きいのに毒まであるなんて何を主食にしてるんだろうね」

とりあえず毒があると聞いては下手に近づけないと、距離をとりながらトカゲの脇を通り抜けようとする2人であった。
しかし、そのときトカゲは予想外の行動に出た。

コモドドラゴン は 火を吹いた!

夢追中 に 5のダメージ!
虚居まほろ に 5のダメージ!

「ああぁぁっっっっつーーい!!!熱い!何コイツ火を吹いたよ!?」
「……っ!!!」

突然のブレス攻撃に大慌てで踵を返し、逃走する2人。
幸いにもトカゲは追ってこなかったようで、奇襲ブレス全滅という事態には至らなかった。
なんとか落ち着いた両者は、バックパックから治療用の道具を取り出し、火傷の応急処置を始めつつ、
先程の出来事について語り合った。

「何?コモドドラゴンって火を吹くの!?」
「……吹くわけない」
「何なのアレ!?」
「……コモドドラゴンっぽい……ドラゴン?」
「何それ!?名前にドラゴンが付いてればいいんならトンボだって火を吹くよ!?」
「……ドラゴンフライ?」
「そう!」
「……吹くかもね」
「……」
「……」
「……かもね」

ひとしきり大騒ぎをしつつ治療を終え、ひとまず撤退することを決めた2人。

「全くとんでもない目に遭ったね」

虚居と手分けして荷物をバックパックに詰めながら、夢追は言った。

その言葉を聞いた虚居は――夢追の表情をじっと見つめてから「でも嬉しそうだよ」とつぶやいた。
言われた夢追は虚居に向かって「えへへ」と笑顔をこぼし、うなずく。
「伊丹?」と言う虚居に、「違う違う痛いのが嬉しいんじゃないよ」と返す夢追。
荷物をまとめて立ち上がり、夢追は笑顔で、虚居は無表情のまま、それでも声を合わせて言った。

「「……また来ようね」」

――これは迷宮探索が紡いだひとつの友情物語



「……あ」
「どうしたの?」
「マップ……燃えちゃった」
「えっ」

――これは迷宮探索が紡いだひとつの友情物語……などと、この迷宮は綺麗に話を終わらせてはくれないらしい。



〜ダンジョン&ダンゲロスというよりむしろWizardry〜#3

「ここ、来た道と違うよね」
「……そうね」
「迷ったね」
「……遭難ね」

希望崎学園の地下迷宮にやってきた夢追と虚居であったが、虚居のマップが不慮の事故により失われ、現在、絶賛遭難中であった。
どこか見覚えのあるものはないかと、灯りや視線を周囲に彷徨わせる夢追を見遣り、虚居は疑問を口にした。

「……もともとどうやって帰る気だったの?」
「ええっと、寝袋持ってるからまあ1週間もあれば帰れるかなーって」
「……」
「い、いざとなったら一緒の寝袋に入る?」
「……」
「なんかほんとごめんなさい」
「……いいえ」

そんなやりとりをしながら進む2人であったが、異変が起こった。

「あれ!?」
「……っ!?」

夢追と虚居は同時に息を呑んだ。
突如として目の前の風景が豹変したのである。
たった今まで通路をあるいていたはずが、なぜか沢山の扉が並ぶ部屋の中に居るのである。

「もしかしてこれ……ワープゾーンってやつ?」
「……みたいね」
「どうしよう……凄い罠にひっかかっちゃったんじゃない?」
「……声……嬉しそうだよ」

わーこれがワープかー初体験だーなどと、緊急事態にも関わらずどこか浮かれ気味の夢追と、ため息をつく虚居。
少しして落ち着いた夢追は、周囲の扉を見渡した。沢山の扉以外にこの部屋を出るところはないらしい。

「とりあえず、どこか扉を開けないとどうしようもないよね」
「……気をつけてね」

立ち並ぶ扉のひとつを夢追が慎重に開けると、中は祭壇の置かれた部屋になっていた。
周囲に罠がないことを確認し、ゆっくりと部屋の中に入った2人は、ひとまず目の前の祭壇を見つめる。
祭壇には色とりどりの宝石が飾られ、誰が供えたのか香が焚かれている。

「お香に火が点いているってことはちょっと前まで誰か居たってことだよね」
「……多分」
「綺麗な石も供えてあるし、何か重要な祭壇なのかな?」
「……」

詳しく見てみようと夢追が祭壇に近づいた途端――

「だめだよこんな危ない場所に興味本位で来たら!」

目の前に半透明の女性と思しき姿が現れた。

「え、あ、うん、あの、どちら様でしょうか?」

戸惑いながら目の前にいる正体不明の存在に対して、夢追はとりあえず月並みな質問した。

「私は梨咲(ありのみざき)みれん。この祭壇に祭られている幽霊よ」
「わあ!幽霊さんですか!」
「……喜んでいる場合?」
「なんか私を見てこんな反応されたの初めてな気がするけど……あなた達は探検だーなんて浮かれてやってきたこの上の学生でしょ?」

突然の幽霊との遭遇に喜ぶ夢追と冷静に突っ込む虚居、その様子に微妙に戸惑う梨咲と、なんとも奇妙な空気になったが、
それでも気を取り直した梨咲がこの場所の歴史について語りだした。

「――そういう訳で、私はここで無駄死しようとしている人達を止めようとスタンバイしていたの」
「そうだったんですか……もしかして昔からずっとここに居るんですか?」
「ずっとってわけじゃないかな。営業時間は午前9:00〜午後3:00までだから、それ以外は上の学園内をうろついてるよ」
「……営業時間?」
「へー!じゃあ実は放課後に校内ですれ違ったりとかしてたかもしれないですね!」
「そうかもね。特に最近は上の学園も物騒な感じだから、こっちよりも上の方で死にそうな人を止めたほうがいいかと思っているくらいで、結構見回っているから」
「ああ、確かに古参と新参の確執が酷くなってますからね。あ!それじゃあもし何かあったときに手助けしてもらえませんか?」
「あなたも争いを止めたいと思ってるの?」
「そりゃあ……友人が沢山死んじゃったら寂しいですからね」
「そうね……じゃあ何かあったら教えて。私に出来ることなら頑張ってみるから」
「ありがとうございます!」
「……いいの?」

こうして地下迷宮にて新たな仲間を得た夢追と虚居は、梨咲の知人だという背の低い人物の助けで地上に送り届けてもらい、今回の迷宮探索を無事に終えた。


***


その日の夜。夢追の家にて。夢追とその親友が語らっている。

「『真夏の熱帯夜に心温まる怪談を』なんてね」
「新しい新聞?」
「そう。素晴らしい出会いの記録を書いてるの」
「そういえば探検から帰ってきて、ずっと機嫌が良いね。何か凄いことがあったの?」
「うん!虚居まほろちゃんと初体験しちゃった!」
「えっ」

はっぴーえんど