名前の由来

ここは新参陣営総本部。
来る覇竜魔牙曇に向けて、古参共をぎったぎたにせんと新参たちが集う場所。
連日、深夜にまで及ぶ作戦会議を行い、必勝の作戦を見出そうと、常に緊迫した空気が漂っている……
かと言えばそんなこともなく、元々が自分勝手でまいぺーすな魔人達、決闘の日を前にしても、それぞれがおもいおもいにくつろいで過ごしている。

「なあ、夢追厨」
「はい、なんでしょう?一応言っておきますと私の名前はゆめおいちゅうじゃなくてゆめさこかなめですが」
「多分、夢追さんの想像しているのと漢字が違うと思うよ」

ぱいぷ椅子を乱雑に並べ、そこに腰掛けて軽口を叩き合っているのは審刃津、夢追、己木樹来の3名。

「ええと、それで何の話でしたっけ?」
「ああ、前から思ってたんだけど、お前の苗字って珍しいよな」
「あ、それ私も思ってた。夢を追うってかいてゆめさこって、ちょっと不思議よねーって。ぴったりの名前だと思うけど」

どうやら彼らは夢追の苗字について話をしている様子であった。
自分の苗字について訊かれた夢追は、喜色満面といった様相で応えた。

「よくぞ訊いてくれました!実はこの苗字、というか名前もですが、自分で考えてつけたものなんですよ!」

それを聞いて驚く2名。

「え!?夢追ってあだ名だったのか?」
「あれ?でも出席簿にも夢追って書かれてなかった?」

首を捻る二人を前に、嬉しそうに言葉を続ける夢追。

「それがですね、自分で考えた名前ではありますが、これで本名なんです。夢を追うと書いてゆめさこも、中と書いてかなめも、役所に申請して本名として登録してもらったんですよ」

ああー、と納得する審刃津。
あれっ?とさらに首を捻る己木樹来。

「え?苗字って自分で勝手に変えられるものなの?なんか自分の名前を変えたって話は聞いたことあるけど苗字変えたって聞いたこと無いけど」

いぶかしがる己木樹来に、審刃津が説明を始めた。

「いや、苗字も変えることができるよ。えーっと確か戸籍法の第107条だったかな。まあ、やむをえない理由があったらとかって条件付きだったと思うけど」
「おお!良く知ってますね!さすが審刃津くん」
「へー、そんな法律があるんだー」
「でも結構条件厳しかった気がするけど、よく好き勝手に代えられたもんだな」
「いやー、そこはなんといいますか……お恥ずかしながら、ちょっとしたこねを使いまして……」
「あー、夢追さんっていいとこのお嬢様だったっけ」
「ところで己木樹来も将来福祉の仕事に就こうって考えてるんなら法律の勉強して損はないんじゃないか?何なら本とか貸してやるぞ」
「えー!?審刃津君の使ってる本なんていきなり読んでも理解できる気がしないよー」

仲良くどうでもよいようなことで盛り上がる三人。
しかし、そこにひとつの影が忍び寄っていた。
その影は夢追の背後に近づくと、手にした得物を振りかぶり、思い切り夢追の後頭部に振り下ろした。



「えーかげんに突っ込まんかい!」スパァン



三人と同じ新参陣営の一人、朱音であった。
彼女は突如後頭部をはたかれてきょとんとしている夢追に自分の持つはりせんを突きつけると、勢いよくまくし立てた。

「あんなぁ、ふたりがあんだけ前ふりしとるっつーのに何やっとんの?はよ突っ込めや!」
「ええぇ!?な、なんのことですか?」
「ほんまに頼むで。大体なー……」

突如始まった朱音の説教に、訳も分からず、それでも素直に聞き続ける夢追と、一体何がおこったのかとそんな二人のやり取りを脇で眺める審刃津と己木樹来。
結局、朱音のお笑い学講義はその後1時間に及び、講義後半では向き合いながら突っ込み時に繰り出す手の動きの練習を仲良く続ける女子2名の姿が目撃されたという。





「……あなた達二人の苗字の方がよっぽど変わっているじゃない」

新参陣営総本部の片隅でぼそりとつぶやいた虚居まほろの言葉は誰の耳に留まることもなかった……。



名前の由来――ユメとサ――

新参陣営総合本部では今日も作戦会議という名のお茶会が開かれていた。
広い教室の中、雑多に並べたぱいぷ椅子におもいおもい新参達は腰かけ、
――教室の隅で黙々と本を読む虚居まほろと、その対角線上の隅で忙しなく目線を動かしながらMPを吸い取りそうな手の動きを見せている巨堂斧震以外――
皆が皆談笑している。
そんな教室の中央付近では3人の男女、
己木樹来貴生と審刃津志武那、夢追中が今日も夢追の名前について語り合っている。

「ねえ!夢追さんって自分の名前を自分で考えたからには当然名前の由来があるんでしょ?」
「ええ、もちろんありますよ。お二方がよろしければお聞かせしましょうか?」
「ふむ、興味深い。聞かせてもらおうか」
「聞きたい!特に夢を追うって書くのになんでゆめおいって読まないのかとか!」

二人の反応を見た夢追は椅子から立ち上がり、おほんとひとつ咳払いをして、自分の名前について語り始めた。

「まず、苗字の『夢追』ですが、漢字のほうはそのまま、私の夢を追いかける心を表しています。
そして読みがゆめおいでなくゆめさこなのは、こちらが追いかけるだけでは相手に逃げられてしまったときに困るからです。
つまりゆめ・さ・こと分かれていて、こは『来い』という夢への呼びかけを表しています」

夢追が一気呵成に語りきった『夢追』の由来を聞き、ほー、とため息をもらす2人。

「なるほど。漢字と読みでのだぶるみーにんぐというわけか」
「色々考えてるんだねー。でもさ、夢さ来い!って、なんか過疎化の進んだ村の村おこしで聞きそうな響きだね」
「あー……いえいえ、『さ』は助詞ではなく名詞です。『夢よ来い!さよ来い!』って意味ですよ」
「……さ?名詞と言われても聞き覚えがないが……?」

聞きなれない言葉に困惑する二人を見た夢追は、さもありなんと頷き、話を続けた。

「『さ』というのは田んぼの神様とも山の神様とも言われたりしますが……
まあ、要するに古くから日本にいる神様のようなものです。
収穫や豊穣の神格化、そこから派生して良い事・不思議な事全般の神格化とでもいめーじしてください。
ほら、お二人も海の幸、山の幸なんて言うでしょう。あの『さち』の『さ』ですよ。
『さ』が千も集まる……つまり『さ』が沢山ある状態、それが幸というわけです。
あと幸いなんかも『さ』の祝い、で、さいわいというわけです。
……なんて言い切っちゃいましたけど、あくまで一説に過ぎないですが。
とにかく、夢とか、そういう素敵なこととかがいっぱい来てほしいという私の祈りが篭った苗字、それが『夢追』です」


***


「へー。さちとかさいわいとか語源なんて気にしたこと無かったなー」
「民俗学や宗教学……あるいは社会学かな?そういったことを学ぶのも面白そうだな」
「えへへ」
「じゃあさ、名前の『中』って書いてかなめって読むのはどんな理由?」
「はい、名前のほうは至極しんぷるに、苗字が表すような凄い事の真ん中に自分が居たいという気持ちの現れです」
「漢字に『中』を選んだ理由もあるんだろう?かなめと言ったらこうやって、こう……こう書く『要』と書きそうなものだからな」
「『要』だと自分中心の不思議にしか出会えなそうじゃないですか。『中』なら自分と関係ない不思議でもその場にいれば上手く巻き込まれることに成功しそうかなーと」
「巻き込まれるのに成功って……夢追さんらしいね」
「あと夢という漢字には中の方が相性良さそうですし。夢を追うのに無我夢中!なんて」
「道に迷って五里霧中……と」
「茶化さないでくださいよぅ」
「ああ、すまんな。かなめ嬢」
「あはは」


今日も新参陣営は平和です。