魂を握る料理

桜の季節、大きな希望を胸に新入生達が希望崎学園へやってきてから2ヶ月。
皆、新しい学園生活には慣れただろうか。
希望崎学園は音に聞こえた魔人達の巣窟。
環境に適応し、刺激的な日々を謳歌する者にはさながら桃源郷だが、
なにせあちらを向けばモヒカンザコ。こちらを向けばビッチと触手。
周囲に溶け込めない者はなかなか気の休まらない日々を送っているのではないだろうか。
今回は、そんな魂を疲弊させた者達に最高と思われる癒しのひとときを与えてくれる人物を紹介したい。

その人物とは稲荷山和理(1年)
江戸時代より続く老舗「いなり」の跡取り娘であり、希代の寿司職人である。
「いなり」といえば、学生にはとても暖簾をくぐることのできない名店であり、
あそこで寿司を食べてみたいと考えたことはあっても、実行に移した者はほとんどいないであろう。

多くの者は、そんな高嶺の花を紹介してどうするのか、そう思うかもしれない。
しかし、普段ならばとにかく、今だけは大いに紹介する意義がある。
なんと稲荷山は最近、学内の調理室にて寿司を握る練習を行っているのだ。
つまり、放課後に調理室を訪れれば、今だけは気軽に彼女の握る寿司を食べることができる。
記者も実際に調理室にて稲荷山の握る寿司を食べたが、それは芸術と呼ぶにふさわしい一品であった。
興味を持った者は是非とも一度、この機会を逃さず調理室に足を向けることをお勧めする。
日常の疲れなど消し飛ぶほどの感動を味わえることは間違いない。
そこで味わう寿司の向こう側に、天国を垣間見ることだろう。

ところで、稲荷山はなぜ自分の店ではなく、学内で寿司を握っているのか。
その疑問を本人にぶつけてみたところ、近く行われるであろう決闘、覇竜魔牙曇に向けてのトレーニングであるとの答えを返された。
稲荷山は覇竜魔牙曇にて勝利を収めた陣営に自身の握る寿司を振舞う計画を立てており、
普段と環境の違う、学内でも最高の寿司を握れるようにと訓練をしているのだそうだ。

「今握っている寿司にはまだ最高の魂がこもっていません」
寿司を食べ、その素晴らしい味と腕前に感動した記者であるが、そんな寿司を握りながら、それでも稲荷山は満足出来ていない様子。
曰く、寿司を握るときに最も重要な要素が足りないのだとか。

寿司を握るのに重要なものとは何か。
記者が思うに、やはり経験であろうか。
寿司を握りなれている板場と高校の調理室では当然感覚が違う。
ここでは稲荷山本来のポテンシャルが発揮できない、そう言っているのではないだろうか。
深読みするならば「もしもこの寿司が気に入ったのならば私の店に来ると良い。もっと美味しい寿司を出してあげよう」そういった意味の発言とも受け取れる。

稲荷山は寿司の腕前だけでなく、商売のほうもなかなかに上手であるかもしれない。

文責:希望崎学園報道部1年 夢追中


――コン、コン


扉をノックする音が、放課後の希望崎学園報道部室に響いた。
西日が差し込み、オレンジ色に染まった部室の中、新聞作成をしていた少女が手を止め、パイプ椅子から立ち上がり客人を出迎える。
「はーい。どちら様でしょうか」
少女が声を掛けながら扉を開けると、廊下には1人の男子生徒と……大根が立っていた。

「えっ」



魂の宿る場所

どうやら報道部を訪れた男子生徒と大根は、それぞれ少女が書いた校内新聞を見て、稲荷山の寿司に興味を持ってここにきたらしい。
男子生徒は記事を書いた少女から稲荷山に自分を紹介してもらい、寿司を腹いっぱい食べたい、と、
大根は、自分の作るブリ大根と稲荷山の寿司と、どちらの方が美味いかを確かめに、と、それぞれの来訪理由を述べた。
それを聴いた少女は、それならば一緒に調理室に行き、稲荷山も交えて食事をしようと、3人連れ立って調理室へと向かうことになった。

「いやー、それにしても大根さんが喋るなんて流石は希望崎学園ですね」
どこか嬉しそうに語る少女に対し、男子生徒は苦笑しながら自分もこの学園の非常識さには散々驚いていると語る。
放課後の校舎内で高校生の男女が二人、お互いに笑い合いながら歩いている。青春の1ページとして飾りたいような光景である。
その横を大根が歩いていなければ。

そんな一部を除いてほほえましい空間を作り出していた一行だが、男子生徒の発言で少女の足が止まった。
「いやー、特に驚いた奴って言えば、昨日なんか頭からちんこを生やしているやつがいてさー」
男子生徒のちんこ発言に頬を染め、「あぅ……う、うん……」と顔を廊下のタイルに向ける少女。
その様子にちょっときゅんとしつつ、男子生徒は慌てて「あ、悪い!シモネタ苦手だった!?」と言葉を続ける。
表面上は紳士を装う男子生徒であったが、そこは男としての性、頭の中では煩悩が渦巻いていた。
(ヤッベー!超純情!超かわいい!俺、マジでラッキー!この機会になんとかフラグを立てて……)
しかし、密かにテンションの上がる男子生徒の意に反し、少女は大根のほうへ話を振り出した。

「そういえば大根さんは大根と思えないくらい大きいですよね。どうしてそんなに大きくなったんですか?」
「そりゃあ俺には魂が篭っているからな!他のやつらとは一味も二味も違うぜ!」
「へー、やっぱり魂ですかー」
「もちろん俺のブリ大根にもしっかり魂は篭っているぜ!期待してな!」
「楽しみにしてます!」

(どうしよう……話に切り込むタイミングが無ぇ……)
盛り上がる少女と大根を横目で見つつ、しかし声を掛けられずにいた男子生徒であったが……

「しっかし俺ってそんなに立派に見えるか?」
「はい!私、こんなに長くて太くて逞しい大根(ひと)を見たのは初めてです!」

「ちょっとまてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

少女の言葉に全霊で突っ込みを入れてしまった。
その声に目をまるくして、男子生徒のほうを見る少女。

「え!?どうしました!?」
「いやどうしたじゃねーよ!今の何だよ!さっきの恥じらいは何だったんだよ!」
「えっ……と、私、何か変なこと言いました?」
「自覚無しかよ!タチ悪いなオイ!?」

頭を抱える男子生徒を見て首を傾げつつ、少女は大根との会話を再開した。

「おお!その中に自慢のブリ大根が入っているのですか?」
「おうよ!匂いだけでも今嗅いでみるか?」

少女と大根の声をどこか遠くに聞きながら、男子生徒はため息をついた。
(やっぱ希望崎学園でまともな女の子と出会おうなんて、甘い幻想だったな……)

「わぁ!凄く良い香り!まるで脳髄を痺れさせるような……こんなものを頬張ったら、ほっぺたと一緒に理性まで蕩けてしまいそう……」


男子生徒は、廊下の窓を開け、夕暮れのグラウンドに向けて絶叫した。


「俺の純情返せぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!」


その声には確かに魂が宿り、希望崎学園中に木霊した。